暴排条例という薬の「作用と副作用」

筆者らが、日工組社会安全研究財団の助成金を受け、2014年から15年にかけて、西日本の都市部で調査した対象者は、暴力団幹部1名と離脱者10名でした。現在、これら11名のうち、当時現役だった被調査者1名はそのまま現役に留まり、離脱者中2名は、山口組の分裂後に、幹部として暴力団に戻りました。

調査時から、キリトリ(債権回収)、賭博開帳、みかじめ料徴収などを主なシノギとしながら今も現役に留まり続けている被調査者が筆者に語った一言は、今でも筆者の心に残っています。

「ワシだけちゃう思うけどな、いま、(暴力団対策法、暴排条例で)ヤクザ厳しいねん。辞めるきっかけ(親分の代替わりや兄貴分のカタギ転向や離脱等)探してる人多いと思うで。親分も代わったし、ワシ自身も、迷子になってるんちゃう? ……しゃかて、こん年のワシらが組辞めて何ができる。たどり着くところは生保(生活保護)やろ、みじめや。この地元には13歳から住んどるんやで、離れたないしな。もう、この年や、いまさら辞めても一般人が受け入れてくれるとは思われんな。みじめな終わり方するんなら、最後はヤクザで死にたいかな」

この現役幹部は、もし離脱しても、長年生活してきた地元の地域社会にすら、暴排の高まりから受け入れてもらえず、社会的な居場所が持てないのではという懸念を滲ませています。たとえ、過去の生き方を悔い改め、せっかく犯罪とは無縁な生活で生きなおし、更生しようと決意しても、それを認めない社会──再チャレンジの機会が与えられない不寛容な社会が、いまの日本社会の現実なのです。反社、そして元暴というラベルを一度貼られたら、それはポストイットのようには簡単に剝がすことができません。

暴力団のマフィア化、元暴アウトロー、半グレにつながる

そもそも論ですが、更生とはなにか、社会復帰とはどういうものか、なにをもって社会復帰したといえるのかという議論が、我が国で十分に尽くされてきたのかと疑問に思います。「暴力団を離脱して、犯罪的な生活を改めて就職したのなら更生しているし、社会復帰しているんじゃないの」というような簡単なものではないと筆者は考えます。

廣末登『だからヤクザを辞められない 裏社会メルトダウン』(新潮新書)

就職した段階で更生・社会復帰したといえるのなら、これまでに筆者の調査に協力してくれた被調査者の多くは該当するからです。問題は、離脱者に社会的な居場所があるか、定着就労しているか、社会的排除による「生きづらさ」を知覚していないかどうかという点です。

筆者が知る限り、現在、追跡調査による暴力団離脱者の職業社会への定着の有無は調べられていません。暴排政策の施行という薬剤を投入したら、暴力団員の減少という作用が明らかになりました。しかし、薬には作用だけでなく、時として副作用が生じます。

犯罪を生業とする暴力団が社会悪として排除され、減少したことは政策の作用として評価できるでしょう。しかし、一方で、裏の社会でマフィア化する暴力団や、「生きづらさ」を知覚して行き場を無くした離脱者が元暴アウトロー化する問題、暴力団の弱体化で暗躍し始めた半グレと呼ばれる青少年グレン隊の増加などは、政策の副作用といえるのではないでしょうか。

後編に続く)

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