常に「決めるのは男」だった

そんな「男性にすらできないような」「超人的な」「不断の努力」をコツコツ積み上げて男性に尊敬されるくらいの超精鋭でなければ組織で生き残れない、女性という存在。どんな不平等だろうか。いったい、世にあまねく組織なるもの押し並べて、そんな父として夫として男として血反吐吐くほど超人的な努力をコツコツ積み上げてそこに残っている男性がどれだけいるというのか。特に「父としても」「夫としても」。

組織で生き残るのに、男の側にはそんな超人的な努力まで必要とされない。人生も仕事も全方位、そんなマルチタスクな努力を求められていたら、まあほぼ全滅だ。でも女の側には「母として妻として女として、非の打ちどころなく360度立派」であることが必要だ。あるいは、「母として」や「妻として」がなくても、男性の努力基準で「やるな」「こいつは優秀だ」と男たちに舌を巻かせることのできるスーパーウーマンでなければ、生き残れない。なぜって、常に「決めるのは男」だったからだ。そして「この女の人なら、(俺たちの世界に入れてやっても)いいんじゃないの」と決める側は、往々にして女ほどには厳選されていないのも「あるある」だ。

そこまでやらなきゃ残れない

まさにそんなスーパーウーマン、日本の女性エリート官僚のすいたる山田真貴子・前内閣広報官が、菅義偉首相の長男が勤める放送事業会社からの接待問題で辞職した。1961年生まれ、総務省で女性初の次官級ポストへと上り詰めた人だ。若者たちに向けた動画で彼女本人が「飲み会を断らない自分」を語っていた件が報じられ、瞬時に誰もが彼女の出世と「夜の飲み会で人脈やチャンスをつかむ古きビジネス慣習」とが表裏一体であることを嗅ぎ取り、そこまでやらなきゃ女が残れなかった日本の官僚社会を再確認した。

写真=時事通信フォト
衆院総務委員会で答弁する参考人の山田真貴子内閣広報官(中央)。後方左は武田良太総務相=2021年2月25日、国会内

デジタルネーティブで社会的意識が高く、「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現に熱心と言われるミレニアル世代(1981〜96年生まれ)が組織の中堅までを占めるようになった今の時代、「飲み会を断らない」は武勇伝じゃない。もちろん、男女雇用機会均等法施行以前に霞が関へ歩み入った女性が、本人がダントツ優秀であっても女性であるがゆえに想像を絶するような努力をしなければ生き残れなかったという時代背景は、よく理解できる。

飲み会や喫煙所やゴルフ場などで情報が交換され、嫉妬の陰口がヒソヒソと叩かれ、そこで何かが決定するという不健康で不健全な密室会議傾向が維持されていたのは、昭和平成という時代がまるごと、それを好む男性のホモソーシャル社会だったからだ。