収益を増加させるデジタルパス

STBのDXを象徴するもう1つの取り組みが、デジタルパス「Visit Singapore pass」である。「世界の他の場所ではデジタルパスを購入する際、10種類のチケットを購入することになるかもしれないが、シンガポールでは1つのデジタルチケットに集約したい」とQuek氏が意欲を示すとおり、異なるイベントや観光名所で使える同一のデジタルパスが広がりつつある。

『観光再生 サステナブルな地域をつくる28のキーワード』(プレジデント社)

訪問者にシームレスな体験を提供することに加え、コロナ禍のように紙のチケットを扱いたくないときには、特に有益なものになる。

観光施設側からしても、「Visit Singapore pass」を採用すれば、eチケット発行のためのプラットフォームに対する手数料が減り、収益性の改善につながる。

デジタルパスを運営する費用については、使用データを二次、三次利用することで収益化が可能となり、結果として既存のプラットフォーマーに支払う手数料分を大きく削減できる。

こうした中間マージンの軽減は、誰かの負担のうえに成り立つことも少なくないが、データを活用するDXだからこそ持続可能にできる。STBにおいては、アドビなどのテクノロジーパートナーと協力し、業務のデジタル化を進めているという。

コロナ禍はDX推進のチャンス

こうした新しいトレンドは、ウィズコロナ、アフターコロナの時代に加速するとみられている。事業の存続ならびに成長のためには、自社サービスの質の向上が不可欠であるホスピタリティ業界にとって、マンパワーをDXの力で代替できる業務に割くのは得策ではない。したがって、柔軟な頭でDXに頼るべきところは頼っていくべきだ。

ただし、DXの議論は「すべてデジタル化すればいい」というものではない。デジタルとアナログそれぞれの良さを最大限に活かすことが欠かせない。

DXは手段であり目的でない。あらためて自社の強みの棚卸しをし、5~10年後に目指す売上・利益、事業内容、組織体制を描いたうえで、どんなDXが必要かを考えるというプロセスは必須である。

コロナ禍中でやれないなら、いつになっても実践できないという見方もできる。政府がデジタル庁を立ちあげ、聖域なしで改革をしていくことを目指しているように、観光に関わる地域や企業においても、DXを推進していくチャンスがきている。

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