※本稿は、ビル・ゲイツ『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』(早川書房)の一部を再編集したものです。
デジタル・ツールはもともと日常の「穴埋め」程度のものだった
この本を書いているあいだ、COVIDのパンデミックによって感染症の領域でいかにイノベーションが加速したかを考えながら多くの時間をすごした。けれども今回のパンデミックは、保健分野でのイノベーションをはるかにこえる急速な時代の変化ももたらした。
2020年3月、世界の大部分が厳しいロックダウンのルールを採用していたとき、多くの人が対面での体験を安全な自宅で再現する術を見いだすよう強いられた。アメリカのような場所では、ビデオ会議や食料品のオンライン・ショッピングといったデジタル・ツールに頼り、それらを新しい方法で創造的に使うことで、その穴を埋めた(パンデミックの初期には、ヴァーチャル誕生日パーティーという考えをとても奇妙に思ったのを憶えている)。
2020年3月は、デジタル化が急激に加速しはじめた転換点として振り返られることになると思う。数十年にわたって世界はどんどんデジタル化されてきたが、このプロセスは比較的ゆるやかだった。たとえばアメリカでは一夜にしてだれもがスマートフォンをもつようになったと感じられるが、実際にはスマホを所有するアメリカ人が35パーセントから現在の85パーセントまで増えるのに10年かかった。
ビデオ会議によるプレゼンも「無礼」ではなくなった
一方、2020年3月は前例のないときで、多くの分野でデジタルへの乗りかえが一挙にすすんだ。この変化は、なんらかの集団や特定の技術だけのものではなかった。
教師と生徒はオンライン・プラットフォームを頼りに学習をつづけた。会社員は〈ズーム〉や〈チームズ〉でブレインストーミング・セッションをはじめ、やがて夜には友人とオンラインでクイズ大会をするようになった。祖父母は〈ツイッチ〉のアカウントをつくり孫の結婚式を見た。それに、ほぼすべての人が以前よりずっとたくさんオンラインで買い物をするようになって、アメリカでは2020年のインターネット商取引の売り上げが前年比で32パーセントも跳ねあがった。
パンデミックによって、さまざまな活動分野で何が許容されるのか考えなおすことを強いられた。以前なら劣っていると見なされたデジタルの選択肢が、突如として好ましく思われるようになる。2020年3月以前であれば、営業担当者がビデオ会議でプレゼンをしたいと言ってきたら、本気で契約をとりたくはないのだろうと多くの顧客が受けとめたはずだ。