東大は1浪、でもヘブンアーティストは8浪

捲土重来。次は家庭教師を付けて習得した江戸独楽芸を入れたが、これでも第二次審査を通らなかった。そこで目を付けたのが2010年代に入って急増している訪日外国人客だった。口上を日本語だけでなく英語、それもブロークンイングリッシュであたかも日本語で口上を言っているかのように演じたところ、オリジナリティがあるとして合格した。「東大へ入るのに一浪したけれど、ヘブンアーティストになるために八浪したよ」と十兵衛さんは言う。

資格取得にこだわったのは、資格がないと、大道芸人の収入のほとんどを占める投げ銭が見込めないからだ。ヘブンアーティストになれば、お祭りや催し物の主催者側も出演料の相場が分かるので、依頼が来やすくなるという側面もあった。

ヘブンアーティストとして大道芸を一回披露すると3万~5万円の収入が見込める。しかし往復の交通費や食費は自腹で、手元に残るのは大したおカネではない。だからなるべく回数を増やさなければならない。大道芸人としての収入は、年間で百万円くらいにとどまっている。「友達と飲んでパーッと使ってハイおしまいという感じだね」

年収100万円でどうやって生計を?

一流企業の執行役員ともなれば、年収は二千万円くらいだろうか。それに比べれば大道芸人としての収入はかなり低い。どのように生計を立てているのか。

十兵衛さんが、芸名の由来ともなっている麻布十番に引っ越してきたのは中学生の時だった。大学を卒業して、ビジネスマンとなってからも今から60年ほど前に建った自宅に住み続けたが、さすがに老朽化が著しい。そこで日本テレコムを去る時に手にした退職金を頭金にして、8階建てのビルを建設。最上階に十兵衛さんと奥さんが住み、他のフロアを貸すことにした。

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蓄えはあったが会社は辞めている。「不動産管理業は寝ていても家賃が入ってくるから楽な商売だ」と人は言うが、テナントの入居斡旋や家賃交渉、修繕など、素人にとって物件管理は思いのほか大変な作業である。

安定収入があっても投げ銭にこだわるワケ

十兵衛さんは大道芸人として得ている収入が、「友達と飲んでパーッと使ってハイおしまい」くらいと言った。家賃収入があるからそれでも構わないわけで、ガマの油売りをやることも、江戸独楽芸をやることも所詮は老後の趣味に過ぎないと人は言うかもしれない。

しかしここは、十兵衛さんが稼ぐことにこだわっているところに注目したい。日本テレコム横浜支店のメンバーが集まった飲み会でも、十兵衛さんは「いつでも大道芸が披露できるよう準備しているよ。投げ銭をもらうのだから、そこはしっかりしないとね」と繰り返し語った。