東京を離れて、「第2の人生」を謳歌している人がいる。キリンホールディングスの執行役員だった栗原邦夫さんは、56歳で早期退職し、長崎国際大学の「野球部総監督」に転進した。総監督の主な仕事は、野球指導ではなく、学生の就職先を探すこと。なぜ栗原さんはさらなる出世を目指さなかったのか。ジャーナリストの秋場大輔氏が迫った——。

※本稿は、秋場大輔『ライフシフト 10の成功例に学ぶ第2の人生』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。

キリンホールディングスを退職し、長崎国際大学野球部の総監督になった栗原邦夫さん
写真提供=文藝春秋
キリンホールディングスを退職し、長崎国際大学野球部の総監督になった栗原邦夫さん

「若い人たちとスポーツで関わりたい」という夢があった

知り合いに大手企業を退職後、母校の大学でヨット部監督になった人がいる。だから知人に「大手ビール会社のキリンビールで執行役員になった人が長崎で野球部の監督をしている」と最初に教えられた時はさして驚くこともなかった。

しかし詳細を聞くにつれ、俄然興味が湧いてきた。当のご本人、栗原邦夫さんは「若い人たちとスポーツで関わりたい」という夢を叶えるため、わざわざキリンを早期退職したというからだ。栗原さんの生まれ育ちは東京で、野球部の監督をしているという長崎はもともと縁もゆかりもない土地ということにも興味が惹かれた。

取材のため空路で長崎に向かうと、栗原さんは自宅のある佐世保から車で空港まで片道一時間をかけて迎えに来てくれた。「あなたのことを取材して記事にしたい」と突然連絡した見ず知らずの筆者にそこまで面倒を見てくれるだけでも恐縮したが、取材のつもりで足を運んだのに、「佐世保は初めてですか。案内しますよ」と言って佐世保市の見どころに連れて行ってくれた親切心には、ただただ頭が下がった。

クラブハウスに室内練習場…新しい設備がたくさん

観光案内を終えた栗原さんはその後、現在の職場である長崎国際大学へ連れていってくれた。案内されたのは、外野にきれいな緑の人工芝が敷かれた野球グラウンドだった。2015年の硬式野球部創部に合わせて作られたという。

2016年にはクラブハウスが完成。2017年には打撃練習ができるピッチングマシンや投球練習ができるマウンドを備えた広さ1200平方メートルの室内練習場が出来上がった。急ピッチで施設の整備を進めているところから、長崎国際大学がいかに硬式野球部に力を入れているかがよくわかる。

グラウンドには今後、ダグアウトやバックスクリーンも作られる予定だという。「どうですか。こんな素晴らしい施設が備わった大学はあまりないと思います」。この日、硬式野球部の練習はお休み。部員がいないグラウンドで筆者とキャッチボールをしながら栗原さんはそう言った。

「監督としてはやりがいと責任がありますね」とボールを投げ返しながら聞くと、ボールと共に「僕は監督じゃなくて総監督です」という答えが返ってきた。「監督よりも偉いんだ」と思っていると、その心を見透かしたのか、栗原さんはさらにこう続けた。