部下の意見に耳を傾けると社内で対話が始まった

日本では企業トップに外部コーチがつくことに対する抵抗感が根強くあるのだが、EC先進国のアメリカでは2007年には5万人以上の経営者がコーチングを受講し、フォーチュン500社のうちECの採用企業は70%といわれる。それに対して日本では、受講者の80~85%が外資系企業である。今後はその重要性が認められ、ハーバードビジネスレビュー等によるとECへの需要は急速に伸びていくものと予測されている。

あるヨーロッパ系日本法人での事例をあげてみよう。この会社の元社長はコンサルタント会社出身で、理論ばかりを優先するビジネスの進め方に社員がついていけなくなり、営業不振で更迭された。次に抜擢されたのが、5人の営業部長の中で最も優秀な部長であった。営業一筋で経営に関する教育は全く受けていない。社長として2年間努力したが、成果が思うようにあがらない。営業マンとして天才的な嗅覚を持つ社長は、営業部長や営業マンが歯がゆくて仕方がない。部下の意見を聞く前に「こうしろ!」と高圧的な命令を下してしまい、社内では不協和音も高まってきた。会社を変革する必要を感じたヨーロッパ本社からの「ECをつけるように」という依頼で私が担当することになった。

この社長は元来は竹を割ったようなさっぱりとした明るい性格なのだが、悪い状態のときは自己中心的で過度の競争心があり、自己過信が強く、その結果生意気に見えがちだ。そこで、自分自身がどんな人間性を持っているのかを徹底的にとらえてもらうことにした。360度評価、エニアグラムによる性格分析などを参考に、職場でどのような人間性が表れているのかをしつこく対話したうえで、部下の気持ちを忖度させるようにした。

このプロセスで、自分の「本源」がわかってくるとともに、部下の性格の多様性が見え始めて、それを受容できるようになってきた。部下にも顧客に接するのと同じように接するべきことを肌で感じとった。そして人に対する好き嫌いを表面に出さないように努力し始め、部下の意見に耳を傾けると、社内で対話が始まった。「社長が変革すれば会社が変わる」という言葉通り、マネジメントチームが主体的に動き出した。

この社長は経営者としての専門的知識を学んだことがないというコンプレックスを胸中に強く持っていたため、経営書を読むようにすすめたところ、猛烈な勢いで読み始めた。経営書から理論を吸収したら、それを実践するコツをコーチした。経営において正解はない。また、理論と実践とは別物である。明確な戦略を策定したとしても、それが実行できなければ全く意味がない。なぜ戦略が実践されないのか、経営の修羅場で考えに考えさせた。

社長はそれを実践して行動すると、少しずつ自信が出てきて、社長が変わろうと努力していることに気づいた部下たちが変わり始めた。1年後、会社は明確なビジョンの下、各員が自分の役割を認識し、業績も急激に伸び始め、売り上げは1年で28%増大した。

しかし、社長はいまでもときどき自分の悪い状態が顔を出してくるという。考え方が変わると行動が変わるのだが、それが習慣になるまでにはさらに時間がかかりそうだ。