経営者がどんなに高邁な思想を持っていても、事業から利益を得られなければ無意味である。ときには人員を削減しなければならず、そのときは身を削られるような思いに苛まれ、自分の気持ちに反して非情にもならざるをえない。しかし、その半面、トップの地位を心地よいものに感じ、得た権力をいつしか当然のことと思い、エゴが膨らんでしまうこともある。

古来優れた武将には優秀な軍師がついていたように、企業の経営者にも「心の軍師」と呼ぶべき存在が必要である。それがエグゼクティブ・コーチである。

欧米の経営者は、トップに上り詰めた後でも自分の能力を磨くことに貪欲で、絶え間なく勉強し研鑽し続ける。企業も経営者教育のために「ダイヤモンドの原石」たるエリートをビジネススクールのプログラムに派遣したり、エグゼクティブ・コーチ(以下EC)をつけて短期教育を行う。人材育成をますます重要視し、リーダーシップ教育をコーチングに委ねている。ところが、日本企業の特徴として、新入社員をはじめ課長クラスまでの研修は熱心に行うのだが、部長以上や役員として経営に携わる層への教育はほとんど行われていない。昨今日本の先見性のある一部の企業がその点に気づき、経営者へのリーダーシップ教育を行い始めた。

先にあげた5つの悩みをECではどのように解決しようとするのだろうか。まずは、経営者に「自分のなりたい姿」を明確にイメージさせ、それに対して自身の現状はどうであるのかを徹底的に認知させるところから始める。そして、どのようにすればそのギャップを埋められるのか、どのようにすれば「なりたい姿」になりうるのか、対話を通してしつこく追求する。

クライアントの潜在能力を最大限に引き出せるように、本人の中にある答えを見つけ出していく。気づかせ、やる気にさせ、コミットさせ、組織と個人の短期ゴールを達成させることがECの眼目である。

人は成長するにつれ、社会の規範に合わせ鎧をまとうようになる。自分を守るために内面を隠すわけだ。その鎧を取り外し、自分を突き動かしているものは何かをつかむために、徹底的に自身と対峙させるのだ。リーダー自身がよい状態のとき、悪い状態のとき、それぞれどのような性格が出てくるのかを知り、自身を受容し、人の多様性を認めて初めてチームを生かし動かすことができる。

コーチングとはいろいろなスキルを駆使してクライアントを操作するのではない。コーチはクライアントの成功と成長を心から願い、自分のすべての経験や技量を惜しみなく与える。クライアントに対しては、裏切らない、批判しない、感情的にならない、コーチの意思とノウハウを押し付けない、そして常に秘密を守り、甘えることは許されない。このようなコーチであって初めて信頼されるのである。

日本の名経営者の中には、儒学者や名僧を師と仰ぎ、悩みがあると訪ねていき判断を仰いだ人も少なくない。このとき明確な答えを求めているのではなく、相談することで迷いを断ち切り、「これでいこう」と自らを奮いたたせているのである。