本社や海外支社、全国の営業所、顧客への顔見世に追われて、瞬く間に3カ月が経過した。その間、コンサルタントを活用するなどして人材育成や組織開発の方向性を模索したが、「本当にこれでいいのだろうか」という迷いと、いいしれないプレッシャーがいつも付きまとった。
その年の12月、東京在住の高校の同期会を兼ねた忘年会に参加した。
「社長になったのはいいけど、気がついてみたら、クビになっても失業保険が出ないような世界に足を踏み入れてしまったよ」
弱音交じりの近況報告を聞いていた旧友から、こんなアドバイスを受けた。
「エグゼクティブ・コーチングを受けてみないか?」
「そうやってグチをこぼしているあなたが一番ダメだ」
エグゼクティブ・コーチング(以下EC)とは、経営者や上級管理者を対象としたコーチングのことだ。
コーチングは対話を通じて相手の中にある答えや能力を最大限に引き出すコミュニケーション技法だが、ECにおいてもコーチとエグゼクティブが対等の立場で質問形式の対話を断続的に行うのが基本。コーチは引き出された内容を分析、体系化して、“気づき”につながるように会話を発展させ、エグゼクティブの潜在能力と独創的な発想を引き出し、自己啓発を促してゆく。
コンサルタントのように課題解決や目標達成のための“答え”を提供するわけではない。あくまでエグゼクティブ自身が自分で答えを見つけ出すのを後押しする。それがECの役割だ。
アメリカではサクセッション・プランの一環で経営幹部にエグゼクティブ・コーチを付けるのが半ば常識になっている。コーチのサポートを受けて見識と判断能力を養い、経営のプロへと成長するのだ。エグゼクティブ・コーチの最低条件は経営の経験があること。GEの前CEOであるジャック・ウェルチ氏もエグゼクティブ・コーチに転身して、後進をサポートしている。
「まずは自信を持ってもらいたかった。社長としての心構えを身につけるうえでも、企業年金や社会保険、コンプライアンスなど伊藤社長が抱えていた実務上の課題解決に取り組むうえでも、ECを活用するメリットがあると思いました」
伊藤氏にECを勧めた理由を長尾数馬氏はこう語る。長尾氏は財務コンサルティングや資産管理業務、投資顧問業などを手掛ける会社を経営する傍ら、日本でEC事業を展開しているSNAコーチング協会にパートナーとして参画している。