コロナ禍で米国の株式市場に現れた“ロビンフッダー”
2020年3月期、SBGの最終損益は9616億円の赤字だった。背景には、コロナショックの発生によって、同社が投資してきたユニコーン企業をはじめとする新興企業の業績悪化がある。孫氏はその状況を「ユニコーンがコロナの谷に落ちている」と形容した。その後、SBGは収益と財務の立て直しに取り組み、保有資産の売却などを進めた。
SBGにとって、ユニコーン企業ではなく、すでにビジネスモデルが確立されている中核的なIT先端企業の株価が大きく上昇したのは想定外だっただろう。3月中旬以降、米FRBなど主要国の中央銀行が積極的に金融緩和を進めたことが、世界的な株価反発を支えた。
特に、相対的に成長期待の高い米GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)やテスラなど、IT先端企業が多く上場する米国のナスダック市場に資金が流入した。
それに加えて、3月末、米国では失業保険の特別給付(週当たり、平均370ドルに600ドルを上乗せ)が開始された。失業者の68%が就業時を上回る所得を得た。感染拡大によってギャンブルに興じることができなくなった人々は、手数料無料のネット証券会社ロビンフッドのアプリを用いて、株式市場に参入した。彼らを“ロビンフッダー”という。
その結果、米国の株式市場では、個人投資家の存在感が機関投資家を凌駕するほどになった。ロビンフッドは個人の取引データを、アルゴリズム取引などを行う投資ファンドに提供し、「上がるから買う、買うから上がる」という根拠なき熱狂が市場に浸透した。
対照的に、事業体制と財務基盤が相対的に弱いユニコーン企業の業績回復には時間がかかっている。SBGは投資戦略を修正し、株価上昇が見込みづらい新興企業から、株価が大きく上昇している米国の大手ITプラットフォーマーの株式購入に動いた。
8月にSBGは上場株に投資する新会社を設立して上場株式や金融派生商品への投資に本格的に参入し、米国株のオプション取引などを増やした。
ソフトバンクの投資戦略から見えたある種の焦り
米国のナスダック総合指数やGAFAMなど時価総額の大きい、大手IT先端企業など100社で構成されるナスダック100指数をみると、3月23日に株価は底をつけ5月には年初の水準を上回った。その背景には、ロビンフッダーと呼ばれる個人投資家がナスダック100指数に連動する上場投資信託(ETF)を購入したこともあり、同指数は大きく上昇し最強インデックスとも呼ばれている。
8月に入ってから上場株への投資を強化する戦略は、ある意味では後追いとみられ戦略変更の時期としてはややタイミングが遅いとの見方もある。SBGは保有してきたユニコーン企業ではなく、大手IT先端企業の株価が勢い良く上昇する状況に直面し、今後の投資事業の運営にある種の焦りを感じているのではないかと懸念するアナリストもいるようだ。
それに加えて、SBGのオプション投資戦略のリスクは軽視できない。SBGは米国のナスダック市場などに上場する株式を買う権利=コールオプションを買い持ち(ロング)にしている。オプション取引では少額の手元資金で、より大きな金額を取引できるという「レバレッジ(てこの原理)」が働く。
SBGは40億ドル(4200億円)程度の手元資金を用いてコールオプションを購入した。その取引を現物株に換算すると300億ドル(3兆1800億円)以上と報じられている。
当然のことながら、株価が上昇すればコールオプションのロングポジションから含み益が出る。反対に、株価が下落すれば損失を抱え、損益が大きく変動しやすい。一時、SBGのコールオプション購入からは40億ドルの含み益が出たようだ。
しかし、9月2日にナスダック総合指数は最高値を更新した後、3日から8日まで10%程度下落した。テスラがS&P500に採用されなかったことへの失望から大きく株価が下げるなど投資家の高値警戒感は強い。売りが出始めると、“売るから下がる、下がるから売る”という連鎖反応が起き、相場は荒れやすい。そうした状況下、レバレッジをかけて巨額の投資を行うリスクは想定以上に高まる恐れがある。