SNSの普及で訪れた「1億総ジャーナリスト」時代

資本主義経済が世界に根付き、広告というものが産まれると、より一層「推し」は重視されます。社会にいる人たちに製品を買ってほしいと訴えかけるために、製品の魅力を訴えたり、タレントを使って商品を推させたりする。テレビやラジオといった放送技術が発達し、情報をより多く、広く、早く伝えられる近現代では、より一層広告による自薦が発達しました。

Jini『好きなものを「推す」だけ。共感される文章術』(KADOKAWA)

逆にいえば、この当時「推し」という行為が許されたのは、公共電波や出版技術を持つ、ごく一部の人のみ。それ以外の人でも、たとえば子供たちが好きなおもちゃをクラスメートに口伝で推すことはあったかもしれませんが、その影響力は微々たるもの。口コミの影響力はあくまで物理的な「口」に限定されていたのです。

それが、ネットが普及し、誰もがスマートフォンを持ち、そこにSNSというサービスが登場したことで、皆が自分がいいと思ったものを「推し」、他者がその「推し」を参照できる、「1億総ジャーナリスト」とでも呼ぶべき時代が到来したのです。

「Nintendo Direct」はコスパがいい

まずは企業が、代理店やマスメディアを通さず自ら発信する、つまり自分たちが作った商品を自分たちが「推す」ようになりました。ビデオゲームの販売などで日本を代表する企業である任天堂は、テレビCMや広告記事などと並行して、2011年から「Nintendo Direct」という映像コンテンツをYouTube上で発信し、自社の作品のタイトルやその魅力、遊び方まで解説しています。

その再生数は数百万から、多ければ1000万回を超えます。2019年11月の全国個人視聴率調査(NHK調べ)によると、朝のニュース番組「おはよう日本」月曜7時台の視聴者数が1100万人規模。放送局に一銭もお金を払わず、自社とYouTubeだけでこれだけの数のユーザーに情報を伝えられることが、どれほど驚くべきことかおわかりいただけるでしょう。

任天堂はこの「Nintendo Direct」を定期的に配信することによって、情報を追うには「Nintendo Direct」さえ見ておけばよいという状況を作り出せています。公共の電波を使わずにこれほど見てもらえるわけですから、企業のプロモーションを行う上で最もコストパフォーマンスに優れた手段といえるでしょう。