同時刻に全チャンネルでCMを放映
具体的には、「同時刻に全チャンネルでアップルの広告が放映される」といった、それまでに実施されたことのない手法をとって、視聴者の視聴時のブランドエクスペリエンスのインパクトを最大化することに焦点を絞ったのです。
雑誌広告も同じです。発行部数は少なくても感性の尖った雑誌を中心に、センターにインサート(別刷りの折込み広告)を綴じ込むことを第一優先とし、次いで表まわり(表紙裏・裏表紙・裏表紙の内側)に出稿することを標準としました。
CMを打つ番組を決めるのにデータは用いない
では、視聴率や発行部数などの数値に優先する基準とは何か。それは媒体のエッジ(尖り・キレ)と感性です。アップルのブランドイメージと洗練されたテイストが、広告を掲載する空間に、どれだけのインパクトとエッジと感性を創出するか、それをケミストリー(相性)で測るのです。アメリカでテレビ広告を出稿する番組の選定を例にとるとわかりやすいでしょう。
候補として挙がった番組を一つ一つ、アップルと広告代理店シャイアット・デイの担当者が一堂に会して評価します。会議のモデレータ(進行役)が出稿する番組名を読み上げ、この番組に出稿すべきかを問うと、参加者はそれぞれ出稿すべき番組には手を挙げ、出稿すべきでない番組には親指を下に向けてその意思を表明します。雰囲気的には会議というよりも、正解を当てるのを競って歓声や笑いで盛り上がるクイズゲームです。
その場で、判断材料となる番組の視聴率が提示されたり、視聴者の属性やデモグラフィが分析されたりすることはありません。感性とケミストリーによる投票ですべてが決定されるのです。この会議に広告代理店TBWAジャパンのプランナーとして参加した月野木麻里氏(現・東急エージェンシー執行役員)は、データが一切提示されないことに驚愕しました。日本ではありえないことだからです。
会議の参加者は、アップルが目指す方向性やブランド、そして訴求したいメッセージとそれを受け止めるユーザについてほかの誰よりもわかっているため、データに頼る必要はないのです。むしろ、データを見ることで感性が乱れることを嫌います。