前代未聞の白紙広告を掲出した理由
アップルの広告においてインパクトを最大化する手法は、徹底的にシンプルさを追求することにありました。シンプルにすることは、単に物事を簡略化することではありません。むしろそれを突き詰める過程で精巧な技巧をこらす必要があるため、工程は増え、複雑になります。
それを象徴する出来事があります。日本で鉄道沿線の広告を展開したときのことです。駅に広告を掲出する際、広告枠は沿線単位となり、対象となる駅すべてに広告を出すのが一般的です。しかし、アップルは自社のイメージにそぐわない駅には広告を掲出しませんでした。掲出量を減らしたところで出稿費は変わりません。広告代理店からは「さすがにそれはもったいない」と反対されましたが、アップルのブランドイメージにつながらない駅への掲出は控えたのです。
沿線でおさえているので、媒体主は他社の広告を出すわけにはいきません。そこで、広告を掲載しない駅には、わざわざ無地のクリエイティブ、つまり、画像もコピーもない白紙を貼り付けることにしました。前代未聞の「白紙広告」です。
画鋲のひとつにさえこだわって特注
ただ、「白紙広告」もそのまま貼ると問題がありました。白紙を留めるのに使われる画鋲が、色が違うため目立ったことです。(アップルのロゴや社名が白紙に刷られるわけでもありませんが)広告担当者は感性を乱す画鋲を放っておくことはできず、真っ白な画鋲を特注して妥協なき白い空間を作り上げたのです。
インパクトを最大化するためには、オブセッションを極めることが必要です。従来の枠組みや慣習の延長線上に目標を達成するためのアイデアや施策を積み上げていくアプローチでは、そのインパクトの大きさは予想の範囲に収まります。
妄想で描く究極の「あるべき姿」を突き詰めるときに、衝撃を最大化するアイデアが生まれます。現状とのギャップが大きいほど、イノベーションが生まれる可能性も大きくなります。