19年11月に大統領選を控えたトランプ大統領はイランとの決定的な衝突は避けたいだろうし、イランもアメリカと正面切って戦えば勝ち目のないことはよくわかっている。

20年1月7日、イラン国会は米軍とトランプ大統領を「テロリスト」に指定する法案を可決した。イラクの米軍基地に報復ミサイルを撃ち込んだのは、その翌日のことだ。厳しい経済制裁を受けて国民生活が逼迫しているイラン国内では、大規模な反政府デモが起きていて、国民一丸となって戦えるような情勢ではない。戦争より経済立て直し優先が、イラン国民の本音なのだ。

世界で一番恐怖したのは金正恩

ソレイマニ司令官の殺害に誰よりも衝撃を受けたのは、北朝鮮の金正恩委員長かもしれない。年末の演説で「正面突破」という言葉を連呼して、核兵器やICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発再開を示唆する強気な姿勢を示してきた金委員長だが、年が明けてからは音なしの構え。姿すら現していない。韓国メディアは「ソレイマニ司令官殺害が北に対する最大の警告になった」と一斉に報じている。

トランプ大統領は「彼は信頼できる男だ」と金委員長との良好な関係をアピールしてきたが、「まだ彼を信頼している」「私との約束を破ると思ってないが、その可能性もある」など徐々に評価が後退、近頃は「Let's see(見てみよう)」という言い回しに変わった。北朝鮮の出方次第では一番極端なカードを引き直す、つまり北朝鮮を攻撃する「鼻血作戦」や金委員長の「斬首作戦」を決断しかねない。ソレイマニ司令官殺害の報に触れた金委員長が自分に対するメッセージと受け止めたとしても不思議ではない。

恐怖した金委員長が暴走した場合、韓国や日本に向けて何らかのトリガーが引かれる可能性は高い。ICBMはアメリカ本土に届かない可能性があるし、核弾頭を搭載しても確実に到着地で爆発させる技術はまだないと思われる。しかし、2000発の短距離ミサイルは確実にソウルに照準を向けている。中距離ミサイルを中国やロシアに向けることはないが、日本方面に撃ち込んでくる可能性は十分にある。

また金委員長が暴走しないにしても、使えなくなった核やミサイル技術を、核開発を再開したイランに売り込む可能性は否定できない。

イランとアメリカの葛藤は北朝鮮とアメリカの関係にも伝播する。中東に派遣される自衛隊がホルムズ海峡に足を踏み入れないとしても、日本は「トランプリスク」の埒外にはいられないだろう。

(構成=小川 剛 写真=AFLO)
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