トランプ大統領は、その一番極端なカードを選択した

米メディアによれば、19年末、イラク北部の米軍基地へのロケット弾攻撃によって、アメリカの民間人と軍人に死傷者が出たことで事態が動いた。国防当局はトランプ大統領に対して複数の対処プランを提示、ソレイマニ司令官の殺害は、そのうち一番極端な選択肢だったという。官僚のやり方として、極端な選択肢を加えることで現実的な落とし所を選択しやすくするものらしい。ところがトランプ大統領は、その一番極端なカードを選択したというのだ。

「想定していなかった」という国防当局の言い草もひどいが、世界経済の状況などとは無関係に、突発的にやってくるトランプリスクが一番顕著な形で示された例だと私は思う。宗教色が強いイランで、市民から崇敬されている革命防衛隊の英雄を標的にすれば、どんな事態を招くのか。トランプ大統領は深く理解していなかったに違いない。理解しないまま意思決定できる希有なリーダーなのだ。

ただし、トランプ大統領は襲撃ポイントにイラクの要人がいないことを確認してから作戦を実行するように指示したという。アメリカとしては巨額の戦費をかけてイラク戦争を仕掛け、独裁者サダム・フセインからイラクを解放して民主的な選挙ができる国にしたのだから、動揺させたくない。しかし、スンニ派のフセイン大統領を排除して民主的な選挙を行った結果、イラクは多数派であるシーア派のリーダーが選ばれてシーア派政権の国になってしまった。さらに、IS(イスラム国)との戦いで国内のシーア派系武装勢力が活気づき、シーア派大国のイランが急接近するという結果を招いたのである。

元日産CEOカルロス・ゴーン氏が逃げ込んだ先で政治的に混乱しているレバノンは、シーア派系政治組織であり武装組織ヒズボラの影響が非常に大きい国だし、アメリカによる反政府勢力への支援がありながらロシアのバックアップを受けてアサド政権が続くシリアもシーア派(シーア派の一派であるアラウィー派)の国家だ。

イラクがシーア派に塗り替えられたことで、レバノン、シリア、イラク、イランにまたがる「シーア派の三日月地帯」が完成したと言われる。三日月地帯に近接するイスラエル、そしてスンニ派大国のサウジアラビアにとっては大変な脅威だが、すべての発端は同盟国のアメリカが引き起こした湾岸戦争であり、イラク戦争なのである。