「~しなければいけない」を理由に働いていないか?
働いているときは外側だけをうまく見せて、実際には自分という存在が霞んでいたのだ。家族のために働いて、満足して、それをやりがいと思っている人もいると思う。それも、もちろんありだ。しかし、当時の僕は、何のために働いているのかという問いに対し、無意識に避けて、ただ働いていた。
周りの多くの人たちも同じような意識だと勝手に感じて、僕の考えが普通だと思い込んでいた。いや、そうではなく、僕の普通はみんなの普通であり、僕もそうだから多くの人も同じだと、思い込んでいたのかもしれない。そして、この当時の僕の働くことの意識はこうだった。
・住宅ローンを返済しなければならない
・この仕事をやらなければならない
・この商談を取らなければならない
このように、「~しなければならない」がベースにあった。
そして、働く仲間との関係性はこれらがベースだった。
・相性もあるが、スキル重視
・モチベーション、インセンティブ
人を人としてちゃんと見ていないし、無意識のうちに、人を機能として見ていたのかもしれない。そして、ヒエラルキー組織なので仕方ないと思い込んでいた。
ダメ社員の思考パターン
入社3年目頃からは、3パターンの将来のキャリア想定イメージを勝手に設定していた。
Aパターン:部長→事業部長→役員
Bパターン:課長→部長→関連会社役員
Cパターン:係長→担当部長→関連会社部長
Aは勝ち組、Bは普通、Cは負け組。そして、30歳の頃に上長と大げんかをして、のちの上司に、おそらくそのことが原因で出世の道が断たれたのではないかということを知らされたときは、「もうダメだ! 僕はこの会社で負け組だ。Cパターンだ。僕はダメな人間だ」と思うようになった。何のために働くのかということを考えたくもなかった。
当時の僕はプライドが高く、このことを前妻に話す勇気もなく、憂さ晴らしにパチンコ・パチスロ三昧の日々で、家にも帰りたくなかった。そんな生活を30代中盤、スタートアップと出会うまでしていた。子育てが大変だった時期の前妻には本当に申し訳なかったと心から思う。
その頃、出世の道を断たれたことで、「会社が悪い」「上司がわかってくれない」「何で自分ばっかり……」と被害者意識全開で、完全にダメダメ社員だったのだ。そんな状態を隠して、家では優しく振る舞う夫を演じていた。その後、出世の道どころかリストラになってしまうのに……。
これらはすべて観念ベースの考えで、自分に自信がないから、キャリアという偽ダイヤで自分の価値を輝かせることに必死だった。どんなに頑張って手に入れても、そこに僕の本当に欲しいものは何もなかったことは、今となってはよくわかる。