壮大な裏テーマ「漢詩からの影響」

お酒の肯定しかしてねえ……! どれも「お酒を飲まないでしらっと座っているよりも、お酒を飲んでばかになったほうがいいよ!」といった声が言外に聞こえそうな、某ジャニーズの「WAになっておどってみますか☆」といったノリに似たものを感じる歌たちだと思いませんか。

しかし。当時、お酒を飲むことをテーマにして詠むことは、当たり前かと聞かれれば、そうではない。

萬葉集中に「宴会で詠まれた歌」はすごく多いけれど、「お酒を飲むことそのものを詠んだ歌」は少ないのだ。

じゃあ、旅人はどうして13首もの「お酒をテーマとした歌」を詠んだのか?

それを考えてみると、「漢詩からの影響」という萬葉集の大きな大きな裏テーマが見えてくる。お酒の話から急に壮大な話になるけれど、ちょっと解説してみよう。

漢詩、つまりは中国の詩。

萬葉集は奈良時代の歌集ですが、そこには多大なる漢詩の影響が横たわっている。というか、この時代は漢文という中国の文体が使われていたわけだから、自分たちよりも先を行ってる漢詩を無視することなんてできない。むしろ元来のフォーマットはあっちにある。

たとえば一昔前のアーティストが、みなさんビートルズの影響を多大に受けていたように。漢詩という「最先端の文芸」に学びながら、萬葉集の歌人は和歌を詠んでいた。

太宰府は外国文化の影響を受けやすい地域だった

とくに大伴旅人をはじめとする、「大宰府にいた歌人」(ほかの有名な歌人には山上憶良がいる。ほら、「貧窮問答歌」って歴史か国語の教科書で習いませんでした?)は、漢詩をものすごくよく勉強していた。大宰府は九州だし、中国と地理的に近く、漢詩や漢文の本がたくさん入ってきたことがその理由のひとつらしい。外国文化の影響を受けやすい地域って今も昔もたしかにある。

で。たとえば漢詩のなかには、劉伶という人が作った「酒徳頌」(酒徳の頌)(『文選』四十七に所収)という詩がある。お酒の徳、つまりお酒ってすばらしい! ということについて詠んだ詩になっている。頌ってのは、神様にささげるために徳をほめる詩のことね。

いったいどんな飲んべえが作者なのかと思うけれど。この作者、劉伶って人は「竹林の七賢」ってやつのひとりなのだ。

「竹林の七賢」とは何か。中国の魏・晋の時代、世俗の揉め事を避けて竹林の奥に集まった、七人の文人のこと。文人ってのは賢くて教養のある人々のことね。まあ世俗の政治などに構わず、山奥で自分たちの豊かな教養を耕すことに励んだ賢いひとたち……というイメージの人々だ。