飲んべえの詩すらも「お手本」だった
その竹林にこもった七賢のうちのひとりが、「酒徳頌」の作者。
この「酒徳頌」、内容としては、みんなが酒が悪いって怒ることを「何言っちゃってんの」と笑う内容である。ほ、ほんとに「七賢」のメンバーなのか? といぶかしくなるほど、お酒に対する肯定的な意見を詠った詩だ。
ちなみに劉伶は大酒飲みで奥さんが心配すると「オレは自分では断酒できねえ! 神様に断酒をお願いする!」と言いつつそのためにお酒を用意し、やっぱり酔っ払った……というエピソードが残ってるような人だったらしい。お酒ラブだったことは想像がつく。こんなふうに竹林の七賢ってイメージだけだと、悟りきったおじいさんたちのように思えるけれど、作った詩文を見ると「悟り……?」と首を傾げたくなるものも多いところが面白いところだ。
で、現代の我々からすると「ほんとに七賢なのか」と言いたくなるお酒についての詩文も、萬葉集の人々にとってみればお手本とすべき文芸だった。だからこそこの「酒徳頌」、萬葉集の旅人が作った讃酒歌の内容にすこし似ているのだ。
讃酒歌のなかに、
いにしへの七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし
(巻三・三四○)
現代語訳
むかしの竹林の七賢でさえ欲したのは、酒だったんだよ
(巻三・三四○)
現代語訳
むかしの竹林の七賢でさえ欲したのは、酒だったんだよ
という歌がある。旅人が「酒徳頌」をふまえていた証拠となる歌だ。えらい人のお墨付きをもらったから、もうお酒ガンガン飲んでいいよね! という発想。すごい。
今も昔も好きな人は好きなお酒たち。飲みすぎには注意してくださいね、ということで、おひとつどうぞ。