地域や人とのつながり、社会への貢献を大切にする。近年の経営、マーケティングの分野では当たり前になりつつありますが、北川さんは、時代に先んじてそのコンセプトを打ち出してきました。
「とにかく嬉野を盛り上げたいんです。亡くなった叔母が、大村屋についてよく『決して一番になろうと思わないこと。一番は嬉野という町』と言っていて、それが心に残っています。なにより嬉野という土地があって、それで僕たちは商売させてもらっていることを忘れてはいけないと思うんです」
実際、北川さんは自分の旅館だけでなく、周りの仲間とともに嬉野温泉の価値を見出そうと行動を起こします。周囲にある旅館のオーナーとブログの書き方やサイトの効率的な扱い方などの勉強会を開き、10人ほどの若手旅館経営者の定期的な集まりが行われるようになります。
その若手の集まりから、「スリッパ温泉卓球大会」や「全国スナックサミット」、ワンコインマッサージを提供する「もみフェス」など次々にアイデアが生まれ、小規模のものから全国規模のものまで次々と開催していきます。
自然と調和した「杜の茶室」
大村屋がある市街地から、車で15分ほど山稜へ入っていくと、一面の茶畑が広がっています。茶畑のかたわらに車を止め、さらに奥、森の中の道を、猪用の罠を横目に枯れ枝を踏みしめながら歩くと、眼前の森の一角が開けて茶畑が現れ、中央に、ポツンと野ざらしの茶室が立っています。自然と調和した「杜の茶室」です。これも北川さんが中心となり取り組む「嬉野茶時」というプロジェクトの一環です。嬉野の伝統文化であり、三大産業と呼ばれる嬉野茶、肥前吉田焼、温泉をつなげようと同世代の有志とともに立ち上げたのです。杜の茶室も、そのプロジェクトから生まれたものです。
「これまで、町中のお茶屋さんは茶商さんがやって、茶農家と僕たち旅館とはつながりがありませんでした。嬉野茶も肥前吉田焼も、温泉宿も昭和から平成のはじめまではそれぞれが単体で成り立っていて一緒に何かやる必要はなかった。けれど、この20年の不景気で、新しいことをやらなければという危機感が生まれたんです。特に僕たち若い世代が、何かやらないと」
そこで北川さんが打ち出したのが、お茶を観光資源として活かす「ティーツーリズム」という考え方でした。杜の茶室や野外茶室、お茶摘み体験、さらに町中で歩きながらお茶を飲める「歩茶」など、いまでは業種を飛び越え地域一体となって取り組んでいます。