付加価値のある商品づくりを支えるのは、いち早く新カテゴリーをつくり、大手に真似してもらう「弱者の戦い方」があります。これが3つ目の成功のポイントです。

4代目と5代目で造った“大吟醸”酢●富士酢プレミアム(写真中・900ml・2376円、税込)。黒酢、紅芋酢とラインナップを拡大している。

弱者の理論の背景には、彰浩さんのキャリアが大きく影響しています。彰浩さんは地元の高校から東京農業大学を卒業した後、東京コカ・コーラボトリングに就職します。「いずれ飯尾醸造を継ぐと、子供の頃から自然と考えていました。その前に、大手メーカーの内側を見たい、技術営業を学ぼうと思ったんです」(同)。

その経験を持って「お酢屋」を継いだ彰浩さんが、中小企業の経営者として働くなか見出したのは、「大手と真逆のことをすれば、生き残っていける」ということでした。

「大手は模倣の繰り返しでシェアを奪っていきます。たとえば、伊藤園さんの『お~いお茶』をほかの大手メーカーが後追いすることでお茶市場が拡大しましたし、缶コーヒーもUCCが初めて作った商品ですが、今では販売力でコカ・コーラの『ジョージア』がトップシェアになっています」(同)

彰浩さんは「だからこそ中小企業は、大手メーカーに真似される商品を作るべき」と言います。つまり、大手に模倣される商品を作れば、自社のシェアが小さくなったとしても、マーケットそのものが大きくなることで、十分売り上げのある商品になるというわけです。その考え方のもとで開発、発売したのが食材を漬けるだけでピクルスができる「富士ピクル酢」でした。

「ピクル酢は、冷蔵庫に残った野菜をピクルスにすることで廃棄食材を減らす『エコな酢』として社会的な価値をアピールしました。その結果、多くのメディアに取り上げられたんです。つまり、社会性がある商品こそが世の中に伝わるんです。今は、社会的意義を新商品開発の条件にしています」(同)

あるとき、とある大手が、同じコンセプトで似た名前の商品を販売する際に、「ピクル酢」の商標を持つ彰浩さんのもとに「名前を使っていいか」交渉に訪れました。普通なら商標権でフィーを取るビジネスにするところです。しかし、彰浩さんの返事は「どんどんお願いします」と答えたそうです。実際、1年ほど経つと、他社もそのコンセプトを真似た商品を次々と販売しはじめ「ピクル酢」の売り上げも拡大していきました。

「BtoC」の比率は、3%から24%に

そして、最後のポイントが、社員の働く意義を高めるためのユーザーとの接点づくりです。先代までは卸店経由の販売が9割を超えていましたが、彰浩さんは直販の比率を拡大していきます。利益率が上がることはもちろんですが、従業員のモチベーションの向上、そして雇用にも役立っています。

米、酒、酢と自社で造る純米酢
1.自社の棚田で作った米で、2.もろみ(酒)を造り、3.米酢を造る。「静置発酵」と呼ばれる伝統的な製法でお酢を製造。一般的な酢メーカーでは1日で発酵を終えるのに対し、80~120日かけて発酵させる。4.宮津の町家を改築したレストランでは、酢を使用したイタリア料理を味わうこともできる。