「やってはいけない」を決めるメリット

「経営十戒」には、事業編と組織編があり、それぞれ5つずつの戒めが書かれている。事業編には、「顧客に迎合するビジネスをやってはならない」「競合を模倣するビジネスをやってはならない」などの戒めが書かれており、組織編には「特定の社員に頼るマネジメントをしてはならない」「個々人の情理を軽んじるマネジメントをしてはならない」などの戒めが書かれている。

戒律を設けるメリットは、「これだけはやってはいけない」ことが決まっているので、ゴルフでいうところの「OBゾーン」がハッキリする点だ。これさえやらなければ、あとは自由にやっていいというメッセージにもなる。子供を育てるとき、「嘘をついちゃダメ」「車道に飛び出しちゃダメだよ」「けんかしちゃダメ」など、ダメなことはダメと教えるのと同じだ。企業ごとにさまざまな特色で十戒を決めるのは面白いし、束になる軸になる。

「陰口を言っていたら契約解除」もあり得る

もちろん、十戒などは、DNAやミッション、ビジョンなどがあっての話だ。リンクアンドモチベーションでもまずはDNAを固め(2002年)、十戒をつくったのは10周年のときであった。このころからBtoBのビジネスだけでなく、パソコンスクールや資格スクールなどを買収してBtoCのビジネスにも事業を展開し始めた。これによって、一気に従業員の多様性が増した。

若い人も増え、人数も増え、中途採用で入ってくる人などは前職の背景も違う。そうなると「こうありたい」だけでは統合力が弱くて、「これはうちではやってはいけない」も必要になったのだ。

以来現場では、派遣社員に対しても導入時に、「陰口だけは言ったらダメだよ」などと十戒を伝えて指導している。「陰口を言っていることがわかった段階で契約を解除します」とまで伝える厳しい部署もある。

創業者が元気な中小企業やベンチャーの多くは、創業者のキャラクターや、本当にあるかは別にして創業者のカリスマ性などで束なっている。ただ、創業者の命には限りがある。企業が永遠に継続していくゴーイングコンサーンを目指し、永続的に発展していこうと思えば、創業者や創業者に近い人材の経験から紡ぎあげられた哲学やDNAで企業を束ねるしかない。また、経営者個人のキャラクターやカリスマ性で束ねるよりも、哲学やDNAのほうが大集団を束ねられる。

さらに大集団になってくると、十戒などの禁止事項はあったほうがより束ねやすくなる。どんな宗教でも、これを食べてはいけないとか、殺生をしてはいけないなど、「やってはいけないこと」が決まっている。何億人、何十億人という信者を束ねるためには「これをせよ」「こうありなさい」だけではなく、「これだけはするな」も必要だということであろう。

小笹芳央(おざさ・よしひさ)
株式会社リンクアンドモチベーション会長
1961年、大阪府出身。1986年、早稲田大学政治経済学部卒業、株式会社リクルート入社。2000年、株式会社リンクアンドモチベーションを設立し、同社代表取締役社長に就任。2013年、同社代表取締役会長に就任し、グループ14社を牽引する。『会社の品格』(幻冬舎新書)、『モチベーション・マネジメント』(PHP文庫)など著書多数。
(写真=iStock.com)
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