がむしゃらに働いて手に入れた都心の高級マンションを手放して、海辺の町に移り住んだエリートコンサルタント。東京に通勤しながら地域に溶け込めるのか、という不安は意外なかたちで解消された。彼を「地元市民」にしてくれた活動とは何だったのか――。
コンサルタントの山口周さん。(撮影=プレジデント社書籍編集部)

醸し出される雰囲気はセカセカとしたものだった

世田谷から葉山へ移り住んで4年ほどになります。いま週の半分は丸の内のコンサルタント会社へ出社し、そのほかの日は自宅で仕事をしています。自宅では書籍の執筆に多くの時間を充てていますが、僕の本業はあくまでもコンサルタントです。東京へ出た日は朝から夜まで多忙を極めますし、場合によってはホテルに泊まり込むこともあります。

それでも、仕事とプライベートの両面で不都合を感じたことはありません。それくらい、葉山での暮らしがしっくりくるんです。何かの瞬間にふと、「ここにいるのが自分らしいな」と思える。移り住む前の世田谷では、そういう感覚は持てなかったんですよね。

以前住んでいたマンションでは、エントランスで会ってもニコリともされない方が少なくありませんでした。旦那さんは高級外車に乗り、奥さんは毛皮をまとっているようなご家庭から、夫婦の怒鳴り合いが漏れ聞こえてくることも頻繁で……。ご近所さんのゆとりある暮らしぶりとは裏腹に、醸し出される雰囲気はセカセカとしたもので、そういう環境に身を置いていると、こちらまで殺伐としてくるのです。

「これって、ステレオタイプな成功者像だな……」

マンション自体は、僕も妻もとても気に入っていました。自分の部屋に間接照明を灯して悦に入ったりすることもありました。一方で「でもこれって、いわゆるインテリア雑誌に出てくるような人工的なかっこよさだな」と醒めた目で見る自分もいました。

仕事でも似たようなことがありました。僕のキャリアは電通からはじまりますが、その後コンサルティング会社に転職します。KPIを達成するために必死に働きました。

「山口さんだったら3年もすればパートナーに昇進できますよ」などとおだてられたりすると、すごい額のボーナスをもらって、「ブリオーニで最高のスーツを仕立てている俺」とか、「高級フレンチレストランで愛人とシャンパンを開けている俺」といったイメージが浮かんでクラクラしてくる。それで「徹夜でも何でもするぞ!」「土日も仕事だ!」とテンションが上がってしまっていた。

でもふと我に返ると「これって、世間のステレオタイプな成功者像を思い浮かべているだけだよな……」と虚しくなりました。