はじめて「カラオケってなんて楽しいんだ!」と思えた
1年通してすべての週末に練習があります。世田谷にいた頃の感覚からすると、土日のいずれかを丸々子どものために使うなんてあり得ませんでした。でも妻に「よろしくね」と任されてしまい、最初はしぶしぶ付き添いを始めました。
子どもたちがヨットで海へ繰り出すと、親はエンジン付きのゴムボートに3、4人で分乗して随行します。ヨット経験のあるお父さんは技術面のアドバイスや叱咤激励をし、僕のような未経験者は子どもとボートの安全に目を配ります。
そうやって週末ごとにお父さん方とボートに乗り込むと、長い時間をともに過ごすなかで自然に仲良くなるんです。しかも、子どもが見せる真剣な表情や、挫折に負けず再トライする姿などをごく間近で見ることができる。これは自分の仕事の時間が減るとか不満を言っている場合じゃない、人生のかけがえのない時間を過ごしているのだと感じるようになりました。
極めつきが去年の夏、2泊3日で参加した別府でのヨット大会です。試合後、父兄仲間で宴会からカラオケへ流れ、学生のように飲んで騒いでガンガン歌っているとき、僕、はじめて思ったんです。「カラオケってなんて楽しいんだ!」と。
子ども抜きでも一緒にいて楽しいのが「友達」
これまで、大人になってからの友達ってどうすればできるんだろうと思っていました。学生時代は、クラスやサークルが一緒というだけで自然に友達ができます。でも、大人になると出会う人は仕事上のつながりが増え、気が合うという純粋な気持ちよりも利得が絡みがちになる。
僕のヨットの場合、父兄同士は互いの職業をよく知りません。とにかくみんな海が好きで、子どもがヨットをやっているという共通項があるだけです。子ども抜きでも一緒にいて楽しいというのは、本当に「友達」なんですよね。
葉山に来て、僕が少し変わったと妻も感じたんでしょう。「ヨットがあってよかったね」と真顔で言われたことがありました。僕も本当にそう思います。ヨットスクールに参加していなかったら、葉山にうまくなじめなかったかもしれません。
人間関係をいい感じに保つコツとして、持ちつ持たれつとよく言います。地域コミュニティも同じなのだと思います。
中世のヨーロッパでは、「自由都市」と呼ばれるものがあちこちに生まれました。当時の都市の多くは封建領主や教会などの支配と規制を受けていましたが、その支配の外で一般市民が都市を形成していったのです。自由都市は城壁で囲まれており、そのなかに独自の自治体が存在します。