動画に触れるだけで情報を得ることができる世界

新規事業オーディションには落選したものの、iPhoneを通じた映像体験は私にとって大きな衝撃でした。本格的にモバイルインターネットの時代が到来したら、情報通信が根本から変わる……私はこのとき、新たな映像・放送技術を開発しようと近い将来の独立を決意したのです。

2011年の春にソフトバンクを退社し、2012年にネット広告事業を行うインタープレイトを設立しました。先ずは出口であるネット上の商圏や文化、広告などを提供し、学ぶためです。WEB広告からEC事業、輸入販売や自社製品の開発や販売など幅広くチャレンジしました。そして、同社の新規事業として2014年にインタラクティブ動画技術の開発に取り掛かり、この技術をもとに2016年の秋にスピンアウトして設立したのが現在のパロニム株式会社です。

インタープレイト社の年間利益の2割程度をインタラクティブ動画技術に投資し、社員やインターンの大学生と様々なネット動画を見ながら「これからは、“この俳優さん誰?”とか、“この店に行ってみたい!”と思ったときに、動画に触れるだけで情報を得ることができる世の中が来るんだ!」と語りあいました。コピー用紙の裏紙を使って、『どんなインターフェイスデザインなら買いたくなるか?』『こんなデザインは好き』『これは映像を邪魔してしまう』などとアイデア出しをしました。最終的には、裏紙は50枚ぐらいになっていました。このアイデアシートを5枚ぐらいに凝縮し、最終的に私が企画書としてスライドにまとめました。ちなみにこの文化は今でも続いていて、次世代開発に向けて描き溜めたものは1000枚近くになっています。

「この件は、自分の責任でやらせてもらいます」

翌日からは、その企画書を手に、ひたすら技術開発会社を訪問。「こんなことできませんか?」と説得して回りました。約20社訪問してすべて断られ、最後に、ある会社にたどり着きました。私がインタラクティブ動画の可能性について説明すると、担当者は熱心に話を聞いてくれましたが「技術的には“今は”できません」という返答でした。しかし続けて「現在のインフラとデバイスでは、この表現は不可能です。ただ、4~5年後には、スマホの技術や情報インフラが追い付いてくる。だから、開発のゴールをそこに合わせればいい」と言ってくれたのです。

それだけでなく、「この件は、自分の責任でやらせてもらいます」とも言ってくれました。その方がすばらしいのは、「この技術は、きっと何年後にはこう進化するだろう」というイマジネーションの精度が高いこと、そして圧倒的な情報収集力です。彼の中にたぶん少し自信もあったと思います。やっぱり最後は「人」だなと思いました。

その開発会社に、更に1000万円程度を注ぎ込んでインタクティブ動画・TIG(ティグ)の開発を依頼し、ようやくプロトタイプが形になりました。しかし、これを通信サービスとして通用するレベルの製品にするのであれば、さらに1億円以上の開発費がかかります。そして序盤の開発部分の支払いとして約3000万円の発注を決定しなければならない……。経営者としての決断が求められる場面でした。

僕が即断できずに悩んでいると、当社の幹部社員から「一晩考えて結論をだそう! 本気でやるのか、やらないのか。やるつもりがあるなら、絶対にいま足を止めちゃダメだ。本気がどうか一晩考えよう」と言われました。私は一晩考えて、翌朝、「本気でやる!」と結論を導きました。幹部はホッとした様子でした。「日本のどこかには絶対この技術やサービスや熱意をわかってもらえる人がいる!その人と出会うまで、投資家行脚を続けよう!」そう決意しました。