小学校も大学も都心回帰の潮流
都心の地価の高騰によって昭和の終わりから平成にかけて多くの私立大学が都心のキャンパスを捨てて、郊外に転出した。その代表的な街が八王子をはじめとする多摩地区だ。
しかし、多摩地区での人口減少を見越してか、このエリアに拠点を構えていた大学が都心へと移転するケースが急増している。たとえば、15年に中央大学が法学部を23区内に移転することを発表。既に共立女子大は2006年に千代田区に、14年には実践女子大学が2つの学部と短大を日野市から渋谷区に、15年には拓殖大学が2つの学部を文京区内に戻している。
トレンドとしては、多少地価が高くとも都心のブランドエリアに戻り、学生の人気を得ることが重要な戦略になっている。学校も所在する「街」のブランドを見定め、選びなおさなければ学生からそっぽを向かれ、死に絶えることが確実な時代になったのだろう。
もちろん、受験は高校や大学入試から始まるわけではない。今やマンションを購入する際のファミリー層の最大の関心事が「進学先の小学校の評判」だという。
都内三大名門公立小学校といえば千代田区の番町小学校、港区の白金小学校、そして児童相談所問題ですっかり有名になった南青山の青南小学校である。また教育レベルが高いと言われる文京区には3S1K(誠之、千駄木、昭和、窪町)と呼ばれる小学校がある。そうした学校の通学区にあるマンションはファミリー層に絶大な人気を誇り、新築も中古も高い価格で売れていくという。
都心居住者が注目する「学校の立地」
これまでは圧倒的な住宅不足を背景に、より郊外へと住宅地が拡散し、そのエリア内で新たな進学校、有名校が生まれていくという構図だった。だが、夫婦共働きが前提となる中、現代の住宅選びは、会社までの交通利便性を重視し、都心居住を選択する傾向が顕著になった。そうした中で彼らがあらためて注目するのが学校の立地であり、何を隠そう「街」なのだ。このあたりの事情は著者の近刊『街間格差』に詳しく記してあるので、関心をお持ちの読者はぜひ目を通していただきたい。
学校側としても、これまでは大量の受験生から選抜できる立場にあった。しかし少子化が進む昨今、一部の有名校を除き、「お客様」となった学生が住む街の近くへと自ら寄りそっていかなければ経営が成り立たなくなってきているのが実情である。
つまり住宅購入客も学生も、学校自体も、望もうが望むまいが、自分たちが所在する「街」を主体的に選ぶ時代になっている。そしてただ単に「住宅というハコ=ハード」の価値だけを見て選ぶような時代から、「街」そのものを選ぶ時代に変わった今、それに伴って、東京23区内の不動産価値にも大きな変化が生まれつつあるのだ。
オラガ総研代表取締役
1959年生まれ。東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、89年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し、ホテルリノベーション、経営企画、収益分析、コスト削減、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。09年株式会社オフィス・牧野設立およびオラガHSC株式会社を設立、代表取締役に就任。15年オラガ総研株式会社設立、以降現職。著書に『なぜ、街の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)『老いる東京、甦る地方』(PHPビジネス新書)『こんな街に「家」を買ってはいけない』(角川新書)『2020年マンション大崩壊』『2040年全ビジネスモデル消滅』(ともに文春新書)など。テレビ、新聞などメディア出演多数。