息子を“人質”に取るかのような発言

「波紋を大きくする事は会社にとっても君個人にとっても得策ぢゃない。まして息子(長男)も日産にいるわけだから……。君一人が犠牲になったようで可哀相だが、だからといって(波紋を大きくすれば)鉄板の上で一人でやけどをして焼死ぬ丈だよ」

経営トップが部下に対し、その息子を“人質”にとるかのような発言をしたり、「鉄板の上で焼け死ぬのみ」と脅したりしてまで、承諾を求める。人間としての良心の判断よりも、塩路一郎との関係を優先させ、「早く出ろ」といわんばかりに、1人の人間を扱う言葉だった。

手記は、日産で自分の身に何が起きたかを書き残しておこうと思ったのだろう。最後は、不本意ながらも、与えられた次の仕事に向かおうとする思いをつづって終わる。

自分はいま揚げるべき凧を持っていない。しかし何かを揚げなければならぬ。
――そんな思いがやってくる。
凧に似たものを、
高く揚がるものを、
烈風に舞い狂うものを、
高く揚げなければならぬと思ふ。

曼珠沙華 ゆく雲遠く人遠く

常軌を逸した塩路一郎の復讐心

川勝宣昭『日産自動車極秘ファイル2300枚』(プレジデント社)

「あれはたいした人物ではありませんよ」のひと言を耳にして、相手から日産での人生のすべてを奪おうとする、常軌を逸した塩路一郎の復讐心。

その異常な要求を丸のみし、海外法人社長の座から窓際の座敷牢へと追いやったばかりか、労使関係を維持するため、古川さん1人をいけにえに差し出し、日産から追い出した経営陣の情けないほどの及び腰。

日産は病んでいるどころか、腐っている。古川さんの手記は私の胸に芽生えた義憤に火をつけた。人としての正義と尊厳をかけて、絶対に塩路一郎を倒す。

塩路一郎は異常な男だ。ならば、自分もこの男以上に異常にならなければ倒せない。これからはこのことを片時も忘れずにいよう。私は心に誓った。(文中敬称略)

川勝宣昭(かわかつ・のぶあき)
経営コンサルタント
日産自動車にて、生産、広報、全社経営企画、更には技術開発企画から海外営業、現地法人経営者という幅広いキャリアを積んだ後、急成長企業の日本電産にスカウト移籍。同社取締役(M&A担当)を経て、カリスマ経営者・永守重信氏の直接指導のもと、日本電産グループ会社の再建に従事。「スピードと徹底」経営の実践導入で破綻寸前企業の1年以内の急速浮上(売上倍増)と黒字化を達成。著書にベストセラーとなった『日本電産永守重信社長からのファクス42枚』(小社刊)。『日本電産流V字回復経営の教科書』(東洋経済新報社)がある。
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