営業部長が新人女性にセクハラをした。本来なら処分すべきだが、その社員が退職すれば会社の売り上げは3割近く減少するだろう。社長はどうするべきなのか。長年、労働事件に対応してきた弁護士の島田直行氏は「問題を起こした社員を優秀だからと大目に見ていると、いつのまにか会社を牛耳られることになる」と警鐘を鳴らす――。

※本稿は、島田直行『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

会社の屋台骨である営業部長が新人にセクハラを

A社は水産加工を主たる事業とする同族中小企業である。営業部長のBを筆頭に積極的な営業活動を原動力に数年にわたり売上高を伸ばしていた。Bは、先代社長のころからのたたき上げで、多数の取引先をカバーしている。後継社長としても「Bに任せておけば」という意識もあり、Bの問題行為にも目をつむってきていたところがある。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Nikada)

ある日、総務の新人Cから「Bから執拗にセクハラを受けている」という相談があった。Cは入社して2年目でまだまだ会社の戦力にはならない。基本的な事務処理をやっとできるようになったくらいである。

調べてみると、たしかにBからはプライベートでの面会や肉体関係を求めるようなメールが執拗にCに送信されていた。事実としてセクハラがあったのは間違いのないところであった。CからはBを辞めさせてもらわないと怖くて勤務できないと泣かれてしまった。Bの性格からして退職を勧めれば憤慨して退職していくことは目に見えていた。

社内でセクハラが起きるのは社長がなめられている証拠

社長は本当に困ってしまった。本やセミナーのみならず、自分の倫理観からしてもCを守ってBを退職させるべきなのは明白だった。でもBが退職してしまったら大口の取引先を奪われて売り上げが3割近く減少する可能性があった。偉大な経営者の成功本には「売り上げを下げても、自分の信念に従って大成功」と書いてあるが、自分にできる自信はない。成功本は「成功した人」の本でしかないからだ。筋を通してCを守るべきか、事業を守るためにBを維持するか。

こういったケースは中小企業では珍しくない。そもそもセクハラの加害者は、会社の中でそれなりに力を持っている人が多い。セクハラが悪いことであることは誰にとっても明らかなことだ。それにもかかわらずやってしまうということは、自分には力があって「少々のこと」をしても社長から問題視されないことを自覚しているからだ。「なにをやっても社長は自分に刃向かえない」という妙な自信がセクハラ行為に及んでしまう者の根底にある。

有力な取引先を押さえていて社長も無下にできないことがBの違法な行為を助長してきたのだろう。中小企業でセクハラが生じるというのは、それほど社長が社員から軽んじられていることのバロメーターと言える。