「重電・通信・自動車」も参入!?

こうした図式を踏まえた上で、どういうプレーヤーがゲームの覇者になるのかを検討してみよう。日本だけでなく世界的にみても、エネルギー産業はその特質から規制産業であり、とくに上流の大規模集中発電、および送配電については、今後もかつての国営・半国営企業の流れをくむ、既存のエネルギー事業者(電力会社)がその中心であり続けるだろう。

「とはいえ、送配電の自由化が進められている欧米では、送配電網の所有権や運営権を開放する動きがすでにあります。特にヨーロッパでは、国境を超えた国際送電線を、民間資本がビジネスとして手がけています」(佐藤氏)。送配電設備の運用・制御の自動化技術を武器に、重電メーカーやIT企業がこの分野に参入してくる可能性も高い。

さらに、ブロックチェーン技術によって需要家同士がP2P(Peer to Peer)で電力を取引するような状況になれば、「その取引のプラットフォームを提供する企業だけが独占的に利益を上げ、それ以外の事業者にとっては送配電によって獲得できる付加価値が大きく下がる可能性もあります」(佐藤氏)

小売や関連サービスについては、ワンストップ化の流れの中でさらに多様なプレーヤーが参入し、覇権を争うようになるだろう。電力やガス、石油といったエネルギー事業者に加え、蓄電池・太陽光発電の関連企業、ケーブルテレビを含む通信事業者、EVを製造する自動車会社、セキュリティ会社や家電量販店、eコマース会社やその他のIT企業などが、それぞれの得意領域を武器に、エネルギー供給に関わる動きを見せている。

「現状ではすでに多くの需要家を抱えているという理由で大手電力会社が優位ですし、アメリカのNRGエナジーやイギリスのセントリカ(Centrica)、イタリアのエネル(Enel)やフランスのエンジー(Engie)といった欧米の大手エネルギー企業は、新しい技術を持ったベンチャー企業を積極的に買収するなどして、自社の得意領域をどんどん広げ、国境を超えて事業を展開しています。その一方で、たとえば同じように多くのユーザーを抱えているグーグルやアマゾンのような他業種の企業が、ワンストップ化に参入してくる可能性もあるのです」(佐藤氏)

そんな時代に、日本のエネルギー産業はどう対処すべきなのか。「技術的には欧米より先を行っている部分もあります」と佐藤氏は言うが、国内の各種規制などもあり、新しいトレンドへの対応はやや遅れ気味。「もともと規制産業ということもあって、欧米の企業でもなかなか思い切って舵を切り替えられないケースが目に付きますが、そんな彼らと比べても意思決定や行動が遅く、ベンチャー企業との付き合い方にも慣れていない感じがします」と佐藤氏は指摘する。

だが、今エネルギー業界で起きつつある変動が、ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授のいう「破壊的イノベーション」であることを忘れてはならないと、佐藤氏は指摘する。既存の事業を守ろうとするあまり新規の事業や技術に消極的でいると、顧客にアピールする新しい価値を生み出した新興企業によって既存事業が市場での存在価値を失い、巨大企業ですら倒されてしまうという理論だ。先に述べたように、日本のエネルギー市場の覇権を、たとえばアマゾンが握る可能性すらあるのだ。「新規参入が激しいこともあり、欧米の大手エネルギー企業は切迫感を持っています。なにかやらないと衰退していく、という感覚ですね」

他の産業を含む日本のイノベーションの先端となり、世界で広がる新たな事業機会を獲得するために、日本のエネルギー業界も自らの姿を大きく変える必要があると佐藤氏は言う。自前で新技術を開発するのはもちろん、必要であれば欧米大手のようにM&Aなどで外部の技術やソリューションを戦略的に取り込む。意思決定のスピードを上げ、ときには政府や自治体に改善を促し、エネルギー関連の方針や制度の設計にも関与する。

「必要なのは『今イノベーションを進めなければ取り残される』という感覚を、社内で共有することです。そのためには、トップが明確な意思を示して舵切りをすることが重要になるでしょう」と佐藤氏は言う。

「日本のエネルギー産業は、世界で戦える潜在力を充分に持っていると思います。今なら、まだ追いつけます」

佐藤仁人(さとう・よしひと)
野村総合研究所・グローバルインフラコンサルティング部・主任コンサルタント
1984年、熊本県生まれ。2010年早稲田大学創造理工学研究科修了後、野村総合研究所に入社。18年ケンブリッジ大学経営学修了。主にエネルギー関連の事業者や政府に対するコンサルティングサービスの提供に従事。共著に『エネルギー業界の破壊的イノベーション』(エネルギーフォーラム刊)。
(画像=Science Photo Library/アフロ 文=川口昌人)
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