韓国大法院はこれらの判決で、徴用工の賠償権を認めるとともに、「日本の朝鮮統治が不法であった」とする、「歴史に対する弾劾」という大きな使命をも果たしているつもりなのでしょう。この「統治の不法」という論理をベースにすれば、慰安婦などの諸問題を「不法行為に対する慰謝料」という形で裁くことができ、今後、影響が大きく広がる可能性があります。

日本統治を望んだのは当時の朝鮮側

しかし、歴史を振り返れば、「日本の朝鮮統治が不法」とするとらえ方自体に問題があることがわかります。日本の朝鮮統治は合法的に始まっています。1910年の日韓併合は朝鮮側(当時は大韓帝国)の要望によって、なされたものです。

「我が国の皇帝陛下(当時の大韓帝国の李氏朝鮮皇帝のこと)と大日本帝国天皇陛下に懇願し、朝鮮人も日本人と同じ一等国民の待遇を享受して、政府と社会を発展させようではないか」これは大韓帝国の開化派の政治団体「一進会」が、「韓日合邦を要求する声明書」(1909年)において述べた一節です。一進会はこの声明書の中で、「日本は日清戦争・日露戦争で莫大な費用と多数の人命を費やし、韓国を独立させてくれた」と述べています。

当時の朝鮮では、無為無策の朝鮮王朝を見限って、日本に朝鮮の統治を託そうとした親日保守派が少なからずいました。金銭や利権に釣られて日本になびいた者も含まれていましたが、彼らの多くは日本の力を借りてでも、朝鮮を近代化させるべきだと考えていたのです。朝鮮の内閣閣僚も、李完用(りかんよう)首相をはじめとする親日派で占められており、日本の朝鮮併合を望んでいました。

これに対し、日本は元々、朝鮮の併合には慎重でした。韓国統監であった伊藤博文は「日本は韓国を合併するの必要なし。合併は甚だ厄介なり」と述べていました。朝鮮を併合してしまえば、日本が朝鮮王朝を終わらせることになってしまい、朝鮮人の反発を買うと懸念していたのです。朝鮮の親日保守派は、自分たちで朝鮮王朝の息の根を止めようとはせず、日本にその汚れ役を引き受けさせようとしていました。伊藤はその狡猾さを見抜いていたのです。

また、当時の朝鮮のような貧しく荒廃した国を併合したところで、日本には何の利益もなく、統治に要するコストばかりが費やされることは目に見えていました。