「設計情報をつくり込む」という発想転換
筆者は現在、「東京大学ものづくり経営研究センター」のセンター長である。ここには多くの学者や企業人・産業人が出入りし、産学連携で様々な研究プロジェクトが進行している。その中には、たしかに製造現場の知識を体系化して業種横断的に共有するとか、世界中の自動車組立工場の生産性を比較するといった、いかにも工場らしいものもある。しかし同時に、新製品開発を支援する情報技術、自動車や情報家電の組み込みソフト開発、光ディスクの設計思想など、技術開発に関する研究プロジェクトも多い。また、スーパーマーケット・自動車販売店・病院・郵便局などの仕組みの改善や、さらには資産運用や損害保険など金融商品の開発プロセスも含んでいる。我々の考える「開かれたものづくり」は、これらすべてをカバーするのだ(詳しくは『ものづくり経営学』光文社新書参照)。
それでは改めて、「開かれたものづくり」とは何か。ポイントは「もの」にこだわらないという発想転換である。逆に言えば、「もの」にこだわるから視野が狭くなる。ものづくりとは「ものをつくること」ではなく、「ものにつくり込むこと」なのである。
では何をつくり込むのか。それは「設計」である。企業が、お客を魅了し満足させる新たな設計情報を創造し、それをもの(媒体)につくり込むこと、それこそが「開かれたものづくり」である。つまり、設計が主、ものは従である。たとえば自動車や家電製品であれば、買い手や使い手を喜ばせる外観デザインや性能、あの手この手の便利機能、それを支える回路やソフトウエアのプログラム、そしてこれらを安くつくる工夫などは、すべて、あらかじめ設計されたものである。設計情報が、材料などの素材に転写され、1個の人工物として販売される。そして消費者は、本質的には設計情報を消費することで効用を得ているのだ。お客が評価する付加価値の源泉、製品差別化の源泉は設計情報にある。
つまるところ「開かれたものづくり」とは、設計されたものでお客を満足させようとする企業・産業全体の努力を指す。お客を喜ばせる付加価値を担った設計情報を、開発部門が創造し、購買部門が確保した媒体(素材・仕掛品)に生産部門が転写し、販売部門が顧客に向けて発信する。こうした、最終的に顧客に届く「設計情報の流れ」を、全社の連係プレーでつくっていくこと、それが「開かれたものづくり」であり、設計情報が流れる空間を「ものづくり現場」と言う。