離職率20~30%といわれるタクシー業界で、離職率1.5%というタクシー会社が長野にある。社員たちは驚くほど仲が良く、乗客からは感謝の手紙が絶えない。そして会社としても圧倒的な高収益を実現している。ほかのタクシー会社となにが違うのか。東京理科大学大学院の宮永博史教授が解説する――。

配車依頼が殺到するタクシー会社

1400年近い歴史を誇る善光寺。その玄関口である長野駅のタクシー乗り場で、数十台ものタクシーが客待ちをしている。地方都市ではよく見かける光景だ。客が来る様子もなく、運転手たちは仲間同士で手持無沙汰そうに立ち話をしている。「朝から動いてないのです」「地方はもうダメですよ。良くなる要素なんてないですから」と運転手は完全に諦め顔だ。

中央タクシーのウェブサイトより

そのタクシープールに姿を見せないタクシー会社がある。中央タクシーだ。タクシープールで待ったり、街を流しながら客を見つけたりする営業スタイルとは一線を画している。中央タクシーには配車依頼が殺到するのだ。実に9割が電話による配車だという。

長野市民に中央タクシーのことを尋ねると「長野でいちばんじゃないですか」「俺は中央タクシーしか使わないけど、一度乗ってもらえばわかりますよ」「朝いちばん、中央タクシーに乗ると一日が気持ちいいんですよ」と、誰もが絶賛する。

中央タクシーに接客マニュアルは存在しない。あるのは経営理念だけだ。実際、「お客様が先、利益は後」の経営理念を掲げる中央タクシーには、乗客から感謝の手紙が絶えない。その質の高いサービスを支えているのは、驚くほど仲の良い社員たちの人間関係だ。

離職率20~30%といわれるタクシー業界で、中央タクシーの離職率はわずか1.5%と圧倒的に低い。社員の幸せが乗客を幸せにするという好循環を生み出している。

中央タクシーは、車両数120台あまりだが、約13億5,000万円と県内ナンバー1の売上実績を誇る(2016年度)。タクシー1台あたりの売上でみると、地元の相場は月に40万円に達しないが、中央タクシーは100万円と他社の約2.5倍だ。地方で経営するタクシー会社の9割が赤字といわれる中、圧倒的な高収益を実現しているのだ。なぜ中央タクシーは「超高収益」なのか?

ルールはたった3つだけ

中央タクシーの運転手がどのようなサービスを提供するのかを具体的に紹介していこう。60代のある運転手は、呼ばれた家の前に着くと車を降りて乗客を迎えにいく。乗客である老婦人がタクシーに乗りこむまで傘を差し、雨に濡れないようにしている。

目的地に到着すると、外に出て乗客のドアを開ける。右手に乗客の荷物を持ち、左手で傘を差して、ここでも客が雨に濡れないように入口まで送っていく。歩くのがやや不自由なこの老婦人は、運転手の腕につかまって歩いている。まるで家族が付き添っているようだ。

病院から呼ばれた50代の別の運転手は、病院の玄関に到着すると、中へ入っていく。やがて、足の不自由な乗客の歩みに寄り添って病院を出てくる。ドアを開け、乗客が乗り込むのを手伝っている。ようやく出発したかと思うと、わずか50秒ほどで目的地に到着した。その距離わずか300メートルだ。

運転手はドアを開け、トランクに入れてあった歩行用補助器具を出すと、乗客がつかまって歩くのを助けてあげている。「お大事にして下さい。いつもありがとうございます」と迎えに出た家族に引き継ぐ。もちろん、通常のタクシー料金でのサービスだ。

文字通り目と鼻の先でも、客の立場にたった温かい接客が行われる。乗客に感想を聞いてみると、「近いけど、小言も言わない。ありがたいです」と語る。「この人の足ですからね。ずっと中央タクシーで、他には乗ったことがないです。もう信用しています」と妻が補足する。

中央タクシーの乗務員たちに義務付けられているのは、「雨の日の傘」「人手によるドアの開け閉め」「乗車時の自己紹介」のたった3つだけだ。荷物運びを手伝うなど、それ以外のサービスはすべて運転手が自主的に行っている。