「書店でたまたま、『うわっ、ふくらんだ! リンゴ、ブドウ、ジャガイモ、玄米…で自家製天然酵母のパンづくり』(自然食通信社)という本を手にとったんです。いろんなところの人たちがそれぞれ自分のやり方で、天然酵母のパンを作っている様子を紹介した本でした。天然酵母のパンを食べるのは好きだったので、その本を読んで『これなら私にもつくれるかも!』とすごくワクワクした。それで、軽い気持ちで作り始めたらすごく楽しくて、生きてきて初めて『私はこれをやっていくんだ』という感覚がありました」

当時、お菓子のデリバリー業などを手がけていた前田さんは、商品のラインナップに自身で作った天然酵母パンを並べ始める。以前からの顧客を中心にその評判が広がっていき、すぐ通販を始めるほどの人気を得た。

売り上げ0円の日はオープン以来なかった

その後、当時のパートナーと共に葉山に移り住み、2000年に葉山で初めてとなる天然酵母パンを扱った「カノムパン」をオープンした。当時、天然酵母パンの存在は好事家には知られていたものの、一般的な知名度は高くなかった。それでも経営はすぐ軌道に乗ったという。

「オープン以来、売り上げが0円という日は一日もありませんでした。多分、パン屋だったからだと思います。パンは日常食なので、毎週買いに来る人もいたし、焼いた時の良い匂いで引き込まれて来る人もいる。お店が暇な時は通販をしていて、北から南まで全国に通販を利用してくれる常連さんがいたので、毎日何かしら売り上げが立っていたんです」

葉山で営んでいたカノムパン(写真提供=前田さん)

先述の通り、パン屋の運営は楽ではない。心無い客から、ひどいことを言われるときもあった。

「『粉を膨らませてれば、儲かるんでしょ?』と言われたことがあります。でも、小麦粉から臼から全部こだわろうと思えばいくらでもこだわれるし、憧れだけでは絶対にできないと思うくらい大変な仕事です。当時は『洋服を買うくらいなら、良い小麦粉を買う』って思ってました。何よりも好きだと思えなかったら、いつか嫌になってしまうでしょうね」