4月に副首相のイーゴリ・セーチンが、大規模な天然ガス採取について協議するためにカタールへ赴いたのだが、ちょうど時を同じくして、ロシアのワールドカップ招致団もドーハへ向かった。スティールの最も信頼できる情報筋によると、これはまったくの偶然ではなく、巨大なガス取引に加えて、ワールドカップ開催地を決める票の交換の交渉もされたという。ロシアの理事が2022年の開催地としてカタールに投票し、その代わりにカタールの理事が2018年の開催地としてロシアに投票するのだ。

「ああ、ロシアは取引するだろうね」

一方、別筋からは、ロシアの招致担当者たちがエルミタージュ美術館から高価な絵画数点を持ち出し、票の見返りとして理事たちに提供したという噂がはいってきた。

その後、5月の中旬に、147年の歴史を持つイングランドのフットボール・アソシエーション(FA)の会長、サー・デイヴィッド・トリーズマンが、ロシアの陰謀について話した内容がテープに録音された。ロシアが2010年のワールドカップでスペインに有利な判定をするよう審判を買収し、代わりにスペインから2018年の招致を見送る約束を取りつけるという内容だ。

トリーズマンの話はロンドンのカフェで同席していた若い女性によってひそかに録音されていた。無防備なトリーズマンは、そもそも2010年のワールドカップに出場できないロシアにとって、こうした取引が損になることはないだろうと語った。

「わたしの考えでは、中南米諸国は明言こそしていないが、スペインに投票するだろうね」。トリーズマンは連れの女性にそう明かした。「それにもしスペインが脱落すれば、ワールドカップでの審判買収にロシアの助けをほしがっているスペインの票は、ロシアに投じられるかもしれない」。

耳を疑って、女性は尋ねた。「ロシアはそれに手を貸すつもりなの?」。「ああ」。トリーズマンは答えた。「ロシアは取引するだろうね」。

明らかにイングランドを貶めようとするロシアの策略だった

トリーズマンにとっても、泡を食ったイングランドの招致団にとっても不運なことに、カフェで同席していた女性はその録音テープをロンドンのタブロイド紙に渡した。それが公表されると、英国で激しい怒りが沸き起こっただけでなく、ロシアとスペインの双方から事実無根だと強い抗議の声があがった。2008年のはじめからFAを率いてきたトリーズマンは、数日のうちに辞任し、自分の発言がイングランドのワールドカップ招致に悪影響を及ぼすのではないかという懸念を表明した。

スティールにとっては、トリーズマンの口の軽さはどうでもよかった。この元スパイに言わせれば、そのトップニュースは、ヨハネスブルグでのアブラモヴィッチとブラッターの密会を報じる新たな記事で裏づけられたように、明らかにイングランドを貶めようとするロシアの策略だった。

スティールが上記のような調査結果を報告すると、招致団のメンバーたちは予想どおりに驚いた。イングランドは絶望的だ。そうスティールは確信していた。世界舞台での屈辱的な敗北を免れるためなら、ロシアはどんな手段も辞さない。そんな国を打ち負かすことなどとうていできないだろう。

ケン・ベンシンガー
ジャーナリスト
20年以上のキャリアのあるジャーナリスト。全米雑誌賞、ジェラル・ローブ賞金融ビジネス部門賞を受賞。ウォール・ストリート・ジャーナル、ロサンゼルス・タイムズなどで活躍した後、2014年からはBuzzFeedニュースの調査報道チームの一員となり、スポーツ、労働問題、アート、自動車、政治など多岐にわたる報道に関わる。本書が初の著書。
(写真=時事通信フォト)
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