現代は、以前であれば相手にする必要もなかった偽史や陰謀論が、インターネットを通して一気に広まる時代です。実際の歴史的事実とは異なることが、あたかも実際のように誤解される状況が増えています。江戸しぐさに至っては小学校の道徳の教科書にまで掲載されてしまい、私はかなり大きなショックを受けました。自分たちがしっかりとメッセージを出していれば、そうした事態が防げたかもしれない、と。

私たちは「これが正解だ」に飛びついてしまいがち

もちろん研究者にとって、自らの研究を進めることは何よりも優先したいことです。しかし、だからといって学界の中でだけ真実が分かっていればよい、世間で俗説が信じられていても問題はない、という態度を取り続けるのは悪しきエリート主義であり、それではいつか歴史研究者が社会性を失ってしまうことにもなりかねません。よって誰かが陰謀論についても、世間とアカデミズムの世界をつなぐ役割を果たさなければならない。

膨大な情報に誰もがアクセスできる今の時代には、何が正しく、何がフェイクかを取捨選択する能力が求められています。常に真偽を見極めなければいけない状況は、人々に強いストレスを与えます。

ゆえに、「これが正解だ」と分かりやすく提示してくれるものに、私たちはどうしても飛びついてしまいがちです。だからこそ、分かりやすい陰謀論にも、研究者の側が異議申し立てをしなければならない――そう思ったのが陰謀論をテーマにした第一の理由です。

「歴史というものを過度に単純化して捉えてはならない」

また、『応仁の乱』と陰謀論というテーマを私が同時に進めていたのは、その二つに取り組む上での問題意識に共通するものがあったからでもありました。『応仁の乱』と『陰謀の日本中世史』はかなりスタイルの異なる本ですが、通底しているのは「歴史というものを過度に単純化して捉えてはならない」という問題意識です。

陰謀論とは要するに、本来は複雑なものを単純化しようとする発想の中で生まれてくるものです。『応仁の乱』もまた、複雑なものはどう描こうとしても複雑なのであり、それを「5分でわかる応仁の乱」にするのはウソをつくのと変わらない、という思いで書いた一冊です。その意味でこの2冊は、同じ根っこを持つ作品だと私は捉えています。(後編に続く)

呉座 勇一(ござ・ゆういち)
国際日本文化研究センター 助教
1980年生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専攻は日本中世史。現在、国際日本文化研究センター助教。『戦争の日本中世史』(新潮選書)で角川財団学芸賞受賞。『応仁の乱』(中公新書)は47万部突破のベストセラーとなった。ほかの著書に『一揆の原理』(ちくま学芸文庫)、『日本中世の領主一揆』(思文閣出版)がある。
(聞き手・構成=稲泉 連 撮影=プレジデントオンライン編集部)
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