長男「父がお金を確保しているか疑わしいですね」

雑居ビルは売却する方向で話を進めることを提案すると、長女は答えました。「はい。ありがとうございます。ようやく希望の光が見えてきました!」。声のトーンが上がり、重圧から解放されることへの期待から、安堵の表情がこぼれました。

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なお、もうひとつの所有していた賃貸用ワンルームマンションについては、賃貸に出していて、その家賃収入約5万円が、長女への世話代として支払われていました。管理に手間もかからず、まだ需要も十分ありそうなので、将来、長女が引き継ぐことを想定し、売却タイミングを探りつつ、保有することを提案しました。

しかし、ここで私の頭に1つ疑問が浮上しました。お金の管理ができない長男は仕送りの14万円を自分で引き出して計画的に使っているのだろうか、と。長女は言います。

「いいえ。市の福祉サービスを利用しています。週に2回ほど、ホームヘルパーさんに来ていただき、掃除や洗濯に加えて、ATMからの生活費の払い出しなどをサポートしていただいています(※)。兄には収入がないため、費用はかかっていません」

※障害のある方が住み慣れた地域で安心して暮らせるよう、「障害者自立支援法」に基づき、介護や家事・掃除・買い物、日常的な金銭管理、就労支援などを受けられます。サービスを利用する場合、市町村の窓口に申請し、障害支援区分の認定をうける必要があります。利用料は有料ですが、月ごとの利用者負担には上限があり、生活保護や所得が低く市町村民税非課税世帯の場合、自己負担は不要です。

▼知られざる長男の胸の内とは

雑居ビルを売却することになれば、長男は引っ越す必要が出てきます。本人の意思を確認しておかないと、土壇場で引っ越しに難色を示す可能性もあります。

後日、自宅を訪問し、私から、雑居ビルの管理が長女にとって大きな負担になっていることや、維持管理にお金がかかることから売却を考えていること、そして、売却しても、長男が一生、食べていくための生活費は確保できることについて伝えました。

長男は、90歳まで生きていくために、8000万円もの大金が必要であることにひどく驚いている様子でした。そして、こうつぶやきました。

「父は、私のことをよく思っていません。本当にそれだけのお金を私のために確保してもらえるのか疑わしいですね」

私は、次の2点について説明しました。つまり、父親が、息子が寿命をまっとうするまで生きていくだけのお金を残していること。そして、相続が発生した場合、本来は長女が半分受け取る権利があるが、長男が生活できるお金を確保することを優先すると言っていること。さらに、私は最後にこう付け加えました。

「月額20万円の生活費を40年分、残してもらえるだけの資産をお持ちの方は、ほんの一握りです。相続でもめる家族は多く、お兄さんは本当に恵まれていると思います」

長男は終始だまって聞いていましたが、その表情からは、長女に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが感じ取れました。