北海道美唄市で精神科医として働く福場将太さんは、徐々に視野が狭まる難病を患い、32歳のときに視力を失った。「点字は読めないし、白杖は使えないし、犬は苦手」と語る日常を、『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』(サンマーク出版)の一部より紹介する――。
積んでおかれたDVD
写真=iStock.com/ShaunWilkinson
※写真はイメージです

北海道の大雪の中で立ち尽くした日

読者の中には、もしかすると私のことを「目が見えなくなったことを乗り越えて、苦労なく生きている人」だと捉えている方もおられるかもしれません。

そんなことはありません。見えないからこそできなくなったことがたくさんあるし、毎日が苦難の連続です。

目が悪くなったばかりの頃は、しょっちゅう何気ない道で迷子になっていました。特に雪の日は、危険です。北海道は、冬になると町の景色が雪で真っ白になります。歩道が雪で完全に覆われるわけです。

これは目が見えない人間にとって、アスファルトの感覚や点字ブロックといった「足の触覚情報」を奪われることを意味します。

そんな大雪の日にゴミ捨てに行った際、家の前で道に迷いました。気づけば前も後ろも右も左も膝までの雪。玄関を出て数分のはずなのに、もはや迷子ではなく遭難者の状態。

「現在地を失う恐怖」というのは、筆舌に尽くし難いものがありました。

幸い、携帯電話を持っていたので、友人と連絡が取れ、一命を取り留めました。

駅のホームから線路に落ちたことも

またその頃は空港や駅の利用もひと苦労でした。

飛行機は、知らない間に搭乗ゲートが変わっていたり、出発時刻が変わっていたり、イレギュラーなことが頻繁に起こるからです。案内板がよく見えず、出発ロビーを何時間もぐるぐると彷徨さまよったこともありました。

電車移動の場合でも、改札を入ってすぐのところにホームがある駅だとは知らずに、線路に落ちたことがあります。

今、完全に目が見えなくなって、1人で知らない場所を訪れることは不可能になりました。

視覚障がい者の中には、旅行が趣味で、その土地の空気感や食べ物などを楽しんでいる人も意外といるようです。しかし、目が見えない状態での1人旅はストレスのほうが多く、私はあまり楽しめません。

見えないからこそ見えないもの、できなくなったことは、まだまだあります。

大好きな映画や漫画の続編が見られなくなりました。これは本当に残念……!

例えば小学生時代から大ファンだった映画『インディ・ジョーンズ』のシリーズ。続編のパート4は見えなくなる直前の視力でかろうじて観賞しましたが、やっぱり楽しさは半分以下。

最近公開されたパート5は断念しました。会話がメインのヒューマンドラマならまだしも、アクション映画は音声だけ聞いても誰がどう跳びはねて、何がどう爆発してるのかさっぱり分からない。詳細な描写を想像することはさすがに不可能です。

そういったわけで、70代のハリソン・フォードの勇姿が見られなかったことは非常に残念でした。