東京パラリンピックで金メダルを獲得した全盲のスイマー・木村敬一選手は、テレビ出演や講演活動に積極的だ。いったいなぜなのか。木村選手は「まずは僕たち障がい者のことを知ってもらう必要がある。その先に、『共生社会』につながる次の一歩があると考える」という――。(第1回)

※本稿は、木村敬一『壁を超えるマインドセット』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

「視覚障がい者目線」でコメントするのは難しい

小さい頃から水泳ばかりしてきた。パラリンピックに出場するようになってからは、日本だけではなく世界中のパラリンピアンや水泳関係者の知り合いも多くなった。ここまでの人生、僕の軸は間違いなく水泳とともにあった。

でも、2021(令和3)年の東京大会で金メダルを獲得してからは、水泳以外の場に顔を出す機会も増えた。

個人的に「いい経験をしたな」と思ったのが、いくつかのテレビ番組に出演させてもらったことだ。僕にとっては、完全な異業種なので、自分が知らない領域がどんどん広がっていくような気がしてとても新鮮だった。

テレビに出ることが得意かどうかは自分ではわからない。けれど、人前に出るのはどちらかというと好きなほうなので、依頼があればよほどのことがない限り、なるべくお受けするようにしてきた。

日本テレビ系列の『news zero』では、キャスターも経験させてもらった。曜日が違っていたので、櫻井翔さんと共演できなかったのは残念だが、それまで自分には関心がなかったり、完全に無関係だったりしたニュースに対して、自分なりの考えを披露することはとても難しいことだと知って勉強になった。

自分のアイデンティティである、「スポーツ選手目線」「視覚障がい者目線」でコメントを発することが求められているのだとは理解していても、生放送において、瞬時に適切な言葉を表明することはかなり難易度が高い。「もっと自分の引き出しを増やさなければ」という思いを強くすることとなった。

東京パラリンピックで金メダルを獲得した木村敬一選手
写真提供=プレジデント社
東京パラリンピックで金メダルを獲得した木村敬一選手

テレビの世界の“プロ”に出会って気づいたこと

真面目な報道番組だけではなく、明石家さんまさんの『踊る!さんま御殿‼』(日本テレビ系列)にも出演させてもらった。

この番組では、出演者の方それぞれが「なんとか番組に爪痕を残そう」という思いで、必死に楽しいこと、面白いことを生み出そうとしている姿に感銘を受けた。ちなみに、僕自身はとても緊張していて、どんなことを話したのかまったく覚えていない。

このときに学んだのが、「仕事というのは命がけで手にするものなのだな」ということだった。

普段は気楽な気持ちで一視聴者として楽しんでいるバラエティー番組だが、そこに出演する人、制作する人は、本当にたくさんの汗を流して「楽しい番組」を生み出しているのだということを痛感させられた。

NHKのトークバラエティ『阿佐ヶ谷アパートメント』も楽しかった。阿佐ヶ谷姉妹のおふたりが大家を務めるアパートの住人という設定で、VTRを観ながら、自由に感想をしゃべらせてもらった。

さらに、ただアパートの部屋でビデオを観るだけではなく、自らロケに出て女装パフォーマーのブルボンヌさんと一緒に修験道を経験させてもらった。

このとき、「美」にこだわりを持っているブルボンヌさんが、自らカツラを取ってつけまつ毛が取れるのも気にせずに滝に打たれることになった。ブルボンヌさんもまた、プロ根性を感じさせてくれる方だった。

こうして、水泳とはまったく別の世界の人たちと触れ合うことができたのは、僕にとっては本当に貴重な財産だ。

「世の中にはいろいろな職業があり、いろいろな人がいるのだな」ということ、「その道のプロはやっぱり一流ばかりなのだ」ということ。本当に多くのことを学ぶことができた。異世界に飛び込むことで、その道のプロへの敬意も高まる。人が人を尊敬できる社会は素晴らしいと思う。僕もまた、他者から尊敬される人間でありたい。