「清潔」の意味を履き違えるな

もちろん私は「清潔にしてはいけない」と言っているのではありません。身の回りや体を清潔に保つのはとても大事なことです。

現在、内戦の続くイエメンでは、伝染病のコレラが拡大し、2017年6月4日の朝日新聞による報道では、過去1カ月で約7万件の感染が報告され、うち600人近くが死亡したと伝えられています。また、現地視察をしたユニセフ(国連児童基金)の担当者は「今後二週間で、新たな感染者の疑いは13万件に達するだろう」と報告しました。感染拡大の原因は、内戦により水道や衛生施設などのインフラが破壊され、衛生状態が悪化していることにあります。

衛生環境を整えることが、感染症予防の必須事項であることは、疑う余地のないことです。実際、日本も近代に入って生活環境が清潔に整い、医学が発展したことによって、国民の平均寿命が延びました。感染症で死亡する人が減ったためです。

しかし、現在の日本の清潔志向は、そうした「命を守るための衛生」から、大きくかけ離れたところにあります。自らの肌を痛めつけてまで手を洗う意味がどこにあるのでしょうか。

石けんを頻繁に使う人ほど風邪を引きやすい

私も、石けんを使います。ただ、それはお風呂に入ったとき、一日に一回きりです。たまに手に見える汚れがついたときにも、石けんを使うことがあります。けれども、帰宅時やトイレのあとに洗うのは、流水で10秒間だけ。食事の前などは、手が特別に汚れていなければ洗いません。だからといって、食中毒になることもなければ、風邪もめったに引きません。

反対に、石けんを頻繁に使う人ほど風邪を引きやすいのは事実です。

この本を企画してくれた編集者は、以前は一日に10回前後もハンドソープで手洗いをしていたといいます。風邪を引くたびに、「手洗いとうがいこそが大事」と予防に熱心になっていきました。それにもかかわらず、すぐに風邪を引いてしまい、困っていました。そんなとき、偶然にも私の本を読んでくれたそうです。

その後、編集者は手洗いをやめました。トイレのあとは、とくにゴシゴシと手を洗っていたそうですが、流水だけにしました。たとえ大便に触って大腸菌がついてしまったとしても、流水で洗えば落とせるのです。

「藤田先生のおっしゃるように手洗いは水で10秒間だけにし、うがい薬も使うのをやめたら、風邪をめったに引かなくなりました」

と、編集者は話しておられました。

「清潔」の意味を履き違えてはいけません。現在では、きれいな環境がよいという考えが行きわたりすぎて、私たちを守っている常在菌まで排除するようになっています。それが結果的に風邪を引きやすく、アトピーなどのアレルギー疾患をつくり出すようになっています。

一方、内戦の続くイエメンのような衛生環境の破綻している場所では、今すぐにでも石けんによる手洗いが必要です。日本の各家庭にストックされた薬用石けんすべてと、清潔な水を十分に現地に送ってあげることができれば、たくさんの命が救われることでしょう。イエメンではそれが「命を守るための衛生」になります。

しかし、衛生環境の整った日本では、石けんで過度に手洗いをすることは、かえって「キタナイ」状態をつくり出し、病気になりやすい体を自ら築き上げてしまうことになるのです。

藤田 紘一郎(ふじた・こういちろう)
医師・医学博士
1939年、旧満州生まれ。東京医科歯科大学卒。東京大学大学院医学系研究科修了。金沢医科大学教授、長崎大学医学部教授、東京医科歯科大学教授を歴任し、現在は同大学名誉教授。専門は、寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学。日本寄生虫学会賞、講談社出版文化賞・科学出版賞、日本文化振興会社会文化功労賞および国際文化栄誉賞など受賞多数。
(写真=iStock.com)
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