「情報」こそが自衛隊の生命線である

IDAサイクルについて、もう少し具体的に説明しましょう。そのサイクルのなかでもとくに重要になるのが「I」に当たる「情報」です。

軍事戦略・作戦を立てるときにまず行なうのは、現状認識のための「情勢見積もり」です。この情勢見積もりの目的は「相手を知る」ことですが、そこでは相手の「能力」と「意志」を見極めることが必要になります。

たとえば、アメリカと中国はともに、日本に脅威を与えられる「能力」をもっていますが、そうする「意志」があるかどうか、という部分については違いが存在するはずです。

さらにそこでは、「相手の立場になって考える」ことが肝要となります。たとえば、日本と中国の関係を考えたとき、「中国の海洋進出をどう抑えるのか」ではなく、「なぜ中国は海洋進出したいと思うのか」と考えることが大切なのです。

自らのバイアスを外していかに相手の立場に立ち、ゼロベース思考を行なうべきか。そうした部分については『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)でも詳細に語っていますので、参考にしていただけるところがあれば、嬉しく思います。

そして、戦略レベルの情勢見積もりになると、相手の指導者の生い立ちや性格、考え方といった情報も、見積もりの要素となります。

とはいえ、この「情勢見積もり」の情報とは、ただ集めればよいわけではありません。自衛隊では集めた情報資料、いわゆる生情報を処理し、論理的、合理的な情報を提供するために「情報担当」と呼ばれる、指揮官を補佐するスタッフが存在しています。

「戦場の霧を払う」

「情報担当」は相手についての情報資料を収集したうえで、最終的には「処理された情報」を指揮官に報告します。生の情報をそのまま上げる、ということは原則としてありません。指揮官に上げる情報とは、「指揮官が何かを判断するため」という目的に沿った情報です。「情報担当」はそのときに指揮官が何を考え、何を判断しなくてはいけないのか、という目的を真っ先に考えます。

それは目前の敵を倒すための情報か、一週間後に出てくるだろうもっと大きな部隊を倒すための情報か、あるいは部隊を撤収するか、増強するかを判断しようとしているのか……。そこで目的と関係のない情報をもってこられても、指揮官の判断を迷わせるだけでしょう。

一方で、もちろん指揮官は指揮官で、自身の判断材料として必要となるのはこういう情報だという「要求」をスタッフに行ないます。考えてみれば当たり前の話で、たとえば企業のトップにしても、会社の売り上げを伸ばすための情報、競合他社に勝つための情報、一押し商品を売るための情報は、異なるものになるでしょう。

いずれにしても、情報こそが自衛隊の戦略・作戦の生命線である、と言い切っても過言ではありません。情報を明らかにしていくことを「戦場の霧を払う」といいます。戦場は一般的に霧だらけで、一寸先は闇だからです。