活力の面ではどうでしょうか。今のガバナンス改革では、不祥事を防ぐ「守りのガバナンス」だけでなく、経営者報酬の業績連動性を高めたり、取締役会が経営者の迅速・果断な意思決定を支援したりする「攻めのガバナンス」も志向されてい(るといわれてい)ます。それによってリスクテークが促され活力は高まるかもしれません。

しかし、「攻め」よりも「守り」に目が向いているのが現状です。ガバナンス改革は、いかに不祥事を起こさない体制をつくるか、という健全さの議論に終始しているといえるでしょう。

仮に「攻めのガバナンス」を強化したとして、そこで深刻な問題が出てくる可能性もあります。経営者が自身の高額報酬を追求するあまり、経営の健全さが損なわれるという問題で、海外では珍しくありません。だからといって監督を強化すれば、今度は活力が阻害されることになります。

日本でガバナンス改革が進むなかで、最近耳にするのが「仏作って魂入れず」という言葉です。ガバナンス・コードの適用以降、社外取締役が増え、経営陣へのインセンティブ・スキームも改善されるなど、形は整ってきたものの、まだ効果が上がっていない。だから、これからは、作った仏に魂を入れなければいけない、というわけです。

ここでいう「魂」とは一体何でしょうか。それは、経営者の「良心」だと思います。結局、どんなに形をつくっても、最後は「この会社を成長させて株主や従業員に報いよう」「不誠実な、卑怯な行動をとりたくないから、法令もきちんと遵守しよう」といった経営者の志や責任感、すなわち良心が要になるということを、この言葉は暗に示しているのではないでしょうか。