「あした息子さんの誕生日だろう」

私は営業の仕事をしていたときも、必ず先方について事前に調べてから行きました。いま、社員たちと飲むときでも、前日に、会う社員の長所や趣味、データを調べて手帳に書き出します。

若い社員は、会長の私を前にして、緊張しながら、所属部署がどこで、どんな仕事をしているかと自己紹介をするわけです。そのようなとき、「君は学生時代にアーチェリーをやっていたんだね」とか「あした息子さんの誕生日だろう」と話しかけることができれば、相手の気持ちが楽になって、すぐに距離は縮まりますね。相手の話題から共通の話題に移っていければ、すぐに共通の土俵に上がることができます。

次の「元」、これは極めて単純で、やっぱり元気がなければだめだということです。人と会って話すのだから、元気で明るくはきはきと。つい口ごもってしまったり、滑舌にあまり自信がなかったりするのであれば、相手に会う前に、水を一口飲む。ちょっと口の中に空気を入れてみる。上あごと下あごを左右に動かしてみる。実際に声を出さなくても「あいうえお」と口を動かすだけで滑舌はよくなるし、口角が上がって表情もよくなります。言葉の力、そして表情の力は、第一印象として大きい。ファーストインプレッションが大事ですから、やはり準備が必要です。

元気に話したら、次は「実」です。要は、実のある話をするということ。架空の話をしても仕方ありません。実際の話をしなければ面白くないでしょう。無駄に時間が過ぎて、「この人、何しに来たのか」と首を傾げられてしまいます。相手の土俵で、実のある話を元気にする。これは準備の段階で終わっていなければならないことです。

「直」とは、要するに直截ということです。ぐるぐると持って回った言い方をせず、できるだけストレートにわかりやすく話す。この会話の目的は何か、本質は何かと、考えられなければなりません。

一生懸命な人であれば、「この人は準備してきたんだな」と相手に伝わりますから、誰でも、話をちゃんと聞こうという気になるでしょう。口下手だからといって臆する必要はまったくありません。人間が全身で醸し出すものって、とても大切だと思いますよ。

アサヒグループHD会長 泉谷直木
1948年、京都府生まれ。72年京都産業大学法学部卒業、朝日麦酒(現アサヒビール)入社。95年広報部長、98年経営戦略部長、2003年取締役、06年常務酒類本部長、09年専務。10年アサヒビール社長。11年アサヒグループHD社長に。16年3月、会長に就任。
 
(樽谷哲也=構成 永井 浩=撮影)
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