よく読めば随分シリアスな題材を扱っている『坊っちゃん』も、可愛い。無鉄砲にいろいろな騒動に巻き込まれる坊っちゃんがまず可愛いし、赤シャツ、野だいこ、山嵐、マドンナ、うらなりといった登場人物も、みな可愛い。今風の言葉ならば、「キャラ」が立っている。

『坊っちゃん』の中で、当時の松山のあり方については、随分と批判的な目が向けられている。それにもかかわらず、いまだに松山の方々が『坊っちゃん』が大好きなのは、小説の中のキャラクターたちの「可愛らしさ」ゆえであろう。登場人物に因んださまざまな商品が売られているのを見ても、そのことがわかる。

漱石自身、本人が気づかないままに、可愛らしい人だったらしい。甘いものが大好きで、ジャムなどやたらと舐めた。いろいろへんな癖もあり、弟子たちに愛された。もし、漱石が可愛らしい魅力がない人だったら、内田百間や芥川龍之介をはじめとする多くの若者が引き寄せられることもなかったろう。

現代人も、「漱石の可愛らしさ」に学ぶ点がたくさんあるように思う。

会社などの職場で、シリアスな正論を言うことはときには大切である。多少軋轢があっても、コワモテで物事を押し通していかなければならない局面もあるだろう。

そんなときに「可愛らしい」ところがある人だったら、本人も、周囲の人々も救われる。「可愛らしい」人は、癒やし力があるし、攻撃されることも少なくなる。何よりも、「キャラ」が立ったら人も集まるし、コミュニケーションも円滑にいくだろう。すべてのビジネスパーソンは、「可愛らしさ」を研究すべきだ。

シリアスな問題に生涯取り組みながら、慕われる、愛らしい人だった夏目漱石。漱石は可愛らしさの偉大な「先生」である。

(写真=AFLO)
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