没後100年を迎える文豪、夏目漱石は、生きることの意味や個人のエゴなど、シリアスなテーマに終生向き合った人だった。

その漱石が最後にたどり着いた境地が「則天去私」。「私」という立場を離れて「天」の字が象徴する、もっと大きな世界に寄り添って生きよう、という漱石の考え方は、ストレスにまみれた現代人にも大きなヒントになるだろう。

ところで、漱石はなぜ国民的な人気を保っているのだろうか? 『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こゝろ』などの作品が読まれ続けている理由は何か?

『吾輩はネコである』は、1905年から雑誌「ホトトギス」で連載された。(写真=AFLO)

もちろん、漱石の小説が人間にとって普遍的な問題を扱っている、ということはあるだろう。人として生きることのやっかいさと喜びを綴っているからこそ、漱石は魅力がある。

加えて、漱石の人気を国民的にしている意外な理由があると、私は考えている。

それは、ずばり「可愛らしさ」。そう、漱石は「可愛い」のである。

まずは、漱石のデビュー作『吾輩は猫である』の、「猫」が可愛い。現代において猫好きはたくさんいるけれども、漱石は間違いなく、近代日本における猫愛好者の先駆けの一人だろう。

猫自体が可愛いのはもちろんだけれども、その猫にまつわる漱石のあれこれが可愛い。そもそも、ノラ猫だった猫に「吾輩は」と偉そうな一人称を使っているところが可愛い。その猫とあれこれと絡んで遊んでいる主人公「苦沙弥先生」のあり方も可愛い。