どんな逆境も跳ね返す
いまから70年前、日本はこれ以上ない逆境に陥った。そう、敗戦だ。国土は焦土と化し、国は主権を失った。自分たちの仕事や生活がこれからどうなるのか見当もつかない。そんな状況に立たされたら、誰だって絶望と不安で、しばらくは何も考えられず、何も手に着かないはずだ。だが、出光興産の創業者である出光佐三氏はそうではなかった。彼は終戦のわずか2日後に社員を集め、話した。
「一、愚痴をやめよ。二、世界無比の3000年の歴史を見直せ。三、いまから建設にかかれ」
このとき出光興産も、戦争によって海外拠点やタンカーなど多くの資産を失っており、将来に対する明るい材料があったわけではない。それでも「歴史に立ち返れ、日本人なら必ず復活できる、さあいまから再建だ」と言ってのけた。終戦時、日本にはこのようなリーダーがいたということを、その言葉とともに記憶しておきたい。
同じころ、川崎製鉄(現JFEスチール)初代社長である西山弥太郎氏は、瓦礫の中に残った工場で、部下にこう言っている。
「これから日本は戦争ではなく、貿易で金を儲けて豊かになるしかない。ただし、世界でわたり合っていくには祖国愛が重要だ。だから日本を愛しながら金儲けに徹することにしよう」
さらに、西山氏はこう続ける。
「日本は戦争に負けて、4つの島に封じ込められた。戦前の植民地なしで7000万人余を食べさせていくには、軽工業だけで細々とやっていたのでは駄目だ。重化学工業への転換が必要だ。それには鉄だ。だから我々は、迷うことなく、製鉄業の立て直しに邁進しなけりゃならん」
これから会社はどうなってしまうのだろうと疑心暗鬼になっている社員に向かって、ただ「大丈夫だ、心配するな」といくら繰り返しても何の足しにもならない。そこで西山氏は、戦後の日本人が目指す姿をまず具体的に示し、次いでそれを可能にするには鉄が不可欠、だからこの会社には未来がある、と順序を踏んで説明した。
つまり、日本の将来を暗示するような話をしながら、実は社員に対し、安心して働きなさいというメッセージを発信していたのである。実際、戦後の復興から高度成長期にかけて日本では鉄の需要が飛躍的に伸びた。西山氏の目にはその光景が映っていたのだろう。その言葉には、先を見通す力とそれを論理的に伝える能力を備えたリーダーの姿がみてとれる。