暴言を吐き、周囲に当たり散らし、介護も拒否する――。重度の認知症では、様々な苦労がつきまとう。だがそんな認知症患者のケアを“魔法”のように変える技法に注目が集まっている。フランスで生まれた「ユマニチュード」である。

元体育教師で長年介護教育に携わるイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏が30年以上をかけてつくり上げたもので、150を超えるケアの技術からなる。すでにフランスでは400以上の病院やケアホームで使われている。もともとは「相手の人間らしさを尊重する」というフランス語の造語で、英語読みでは「ヒューマニチュード」となる。

魔法のような新技法「ユマニチュード」

日本に持ち込まれたのは4年前。国立病院機構東京医療センターの本田美和子医師が渡仏して学び、日本に持ち込んだ。本田医師を通じてユマニチュードの存在を知り、2014年6月に発刊された『ユマニチュード入門』の編集にも携わった東京都健康長寿医療センター研究員の伊東美緒さんは、「当初は半信半疑でした」と振り返る。

伊東さんも編集に協力した『ユマニチュード入門』(医学書院)は図解が多くわかりやすい。

「ユマニチュードの考え方自体は特別に目新しいものではありません。

この目で見るまで、どれだけ効果があるのか疑問でした。でも、実際にジネストさんたちのケアを見て驚きました。これまでケアを拒絶していた人と、笑顔で会話が交わせるようになる。さらには呼びかけに応えず寝たきり状態だった患者さんが、自分の足で立ち上がるようになる。本当に“魔法”のようでした」

ユマニチュードの基本は、
(1)見つめる
(2)話しかける
(3)触れる
(4)立つことをサポートする

という4つだ。些細なことに思うかもしれないが、それぞれの方法について具体的なやり方が決められているのがユマニチュードの特徴だ。

たとえば「見つめる」。認知症の人は注意を向けられる範囲が狭くなりやすい。目を同じ高さに合わせて、正面から笑顔で近付くことで、相手の視点をつかみにいく。相手が認識するまで、最短で20センチ程度まで距離を縮める。チラッと見るのではなく、0.4秒以上じっと見つめる。

これはお互いの関係が平等であることを伝える意味がある。認知機能が低下していても、感情記憶は維持されている。上から見下ろされれば、否定されていると感じ、ケアを拒否するようになる。

ケアに入るときには「話しかける」。やさしく、穏やかな声を使い、前向きな言葉を選んで、会話を楽しんでいることを伝える。相手が黙っていても話しかけ、「いまから体を拭きますよ」などと自分の行為を実況中継することで相手を安心させる。

相手の体を「触れる」ときには、ゆっくりと広い面積で一定の重さをかける。上からはつかまない。下から支えるようにサポートして、相手をいたわっていることを伝える。