そして寝かせたままにせず、「立つことをサポートする」。自分の2本の足で立つことは人間の尊厳を取り戻すことになる。相手の動こうとする意思を最大限に活かし、両ひじを下から支える。体を持ち上げたり、両わきに手を入れたりしてはいけない。あくまで自分の力で立つことを助ける。日本の介護現場では転倒事故を怖れて、車椅子に頼る傾向がある。伊東さんも「長年寝たきり状態の方に立ってもらう必要があるのだろうか」と思ったという。
「ところが、寝たきり状態だった人でも、立つ支援をすると生き生きとした表情を見せますし、自分で歩き始めることさえある。行動が自発的になり、症状も改善しやすいのです。自立という言葉がありますが、立つことが人間の精神を支えるうえでどれだけ重要な意味を持つのか、あらためて感じました」
最初は面倒でも結果的に効率よく
ユマニチュードのユニークな点はこれだけではない。ケアの技術だけでなく、ケアのアプローチとフォローアップについても具体的な心得がある。これは大きく5つのステップに分けられている。
まずは「出会いの準備」。部屋に入る前に3回ノックをして3秒待つ。反応がなければ、再び3回ノックをしてまた3秒待つ。それでも返事がない場合には1回ノックをして、そこではじめて入室する。入室してからもベッドボードや壁をノックして返事をうながす。こちらの都合でケアを始めるのではなく、相手の同意を得たうえでケアに入る。
次の「ケアの準備」ではケアについての同意を得る。所要時間は20秒~3分。3分以内に同意が得られなければ諦める。同意のない「強制ケア」は絶対に避ける。その際、いきなりケアの話はしない。「オムツを替えましょう」と作業を伝えるのではなく、「お話に来ました」とかかわりを求めていることを強調する。
了解が得られれば、ケアに入るが、そこで心がけるのは「知覚の連結」。
笑顔、穏やかな声、やさしい触れ方。この3つを同時に用いて、ケアを受ける人が心地よく感じられる状態をつくる。特に「触れる」では、無意識のうちに効率を重視した動きになりがち。やさしく触れる技術を体に覚え込ませるのは時間がかかる。
「ノックをするのも、やさしく触れるのも、最初は面倒だと思われるかもしれません。介護現場では『そんな余裕はない』という反応もあります。でも嫌がる相手に無理矢理ケアを行うのも大変です。ユマニチュードをしばらく続ければ、患者さんと信頼関係が構築でき、それからのケアはグッと楽になります」(伊東さん)