弘兼憲史の着眼点

▼「1人1本」に客が殺到、それでも品薄が続く理由

山口県岩国市出身の私にとって、獺祭は故郷の酒でもあります。とはいえ、旭酒造のある周東町獺越は、岩国市内からかなり離れています。岩国駅から1~2時間に1本という「岩徳線」で約40分、最寄りの周防高森駅からは、さらに車で山道を走ること15分。

以前、私が酒蔵を訪れたとき、辺鄙な山道にもかかわらず、車通りがあることに気がつきました。獺祭のファンが貴重な1本を手に入れるために、酒蔵に併設されている直売所まで訪ねてくるのです。ひとりでも多くの人に飲んでもらおうと、販売は「1人1本」に制限していますが、週末になると昼過ぎにはすべての商品が売り切れてしまうそうです。

この対談が行われた東京・京橋の「獺祭バー」でも事情は同じでした。バーの入り口横にはガラス張りの冷蔵庫があります。もともとは酒瓶が並ぶことで、「壁」になることを想定していたそうですが、蔵元から入荷するたびに売り切れてしまうので、「壁」ができません。

獺祭が品薄なのは、生産能力の問題だけではありません。材料となる高級酒米「山田錦」の確保が、年々、難しくなっているという側面もあります。

桜井さんによると、山田錦の生産量は、すべての米のなかでわずか3%。その量も減少傾向にあります。山田錦の名高い生産地でもある兵庫県の場合、JAの取扱量は1993年には33万俵だったものが、現在では17万俵と、この20年で約半分に落ち込んでいるそうです。

▼食用米と酒米を混同「減反廃止」を急ぐべき

山田錦の生産量が減っている原因は、日本酒離れだけではありません。最大の原因は米の「減反」です。「減反」とは、国が農家ごとに米の生産量を割り当てて価格を維持する生産調整の仕組みです。私は『会長島耕作』で、日本の農業政策のあり方を論じてきました。本来、農家は山田錦をつくったほうが儲かります。普通の食用米よりも、酒米のほうが買取価格は高いからです。しかし減反政策の影響から、事実上、多くの農家は栽培する作物を自由に選べませんでした。

桜井さんは山田錦の自社生産を試みたこともあったそうです。そこは「餅は餅屋」でした。「我々の山田錦と、農家の『特A』の山田錦とでは、味が違う」。

2013年11月、安倍首相は、5年後を目途に減反政策を廃止する、と発表しました。私は大賛成です。今年からは、酒米の増産分はいちはやく減反の対象外になりました。次第に酒米の生産も増えることでしょう。日本酒には大きな可能性があります。「いい酒」は日本食と共に、世界へ広がるはずです。

弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2003年『黄昏流星群』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年紫綬褒章受章。
(田崎健太=構成、撮影(岩国) 門間新弥=撮影(東京))
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