最も成功した純米大吟醸酒の獺祭。世界進出を加速させるべく、今年4月、アメリカ・ニューヨークに「NY蔵」をオープンし、酒造りを開始した。同社会長の桜井博志さんは72歳で現地に乗り込み、長期滞在で陣頭指揮を執る。“自分へのご褒美”として購入したフォード・マスタングを駆って、蔵に通う毎日を送る桜井さんは「シニア世代こそ挑戦をしないといけない。失敗を恐れて挑戦しないことは、敵前逃亡だ」という――。(後編/全2回)
「私が先頭に立って“失敗”するべきだと考えたのです」。NY蔵での新たな酒造りへの思いを語る桜井博志さん
写真提供=旭酒造
「私が先頭に立って“失敗”するべきだと考えたのです」。NY蔵での新たな酒造りへの思いを語る桜井博志さん

ホワイトハウス公式晩餐会のサプライズ

獺祭をアメリカに輸出販売するようになったのは、2002年のことです。それから20年余。いよいよニューヨークの酒蔵(NY蔵)で「SAKE(日本酒)」のアメリカ生産がスタートしました。

この間、私たちにとって思い出深い栄誉な出来事がありました。

2015年に故・安倍晋三首相(当時)がアメリカを訪問し、ホワイトハウスで開催された公式晩餐会に出席されたときのことです。乾杯に、獺祭が採用されたのです。

実はアメリカ政府から、このことは乾杯の寸前まで秘密にするようにと要請がありました。ですからオバマ大統領(当時)が乾杯のあいさつで、「この酒は山口県の獺祭です」と話すまで、安倍首相も知らなかったのです。

ニュースの映像には、びっくりして振り返る首相の姿が映っていました。史上初めてホワイトハウスの公式晩餐会で日本酒が使われ、それがわが獺祭であったという栄誉はいつまでも私どもの歴史に残るでしょう。

2023年4月、アメリカ・ニューヨーク州に完成した酒蔵(写真は2月時点)
写真提供=旭酒造
2023年4月、アメリカ・ニューヨーク州に完成した酒蔵(写真は2月時点)

フランス料理界の巨匠との邂逅、そしてNYへ

獺祭はフランス・パリでも高い評価を得ることができました。息子である現社長の一宏と2人で、主だったレストランに飛び込み営業をかけ続けた甲斐もあって、やがて故・ジョエル・ロブションさん、アラン・デュカスさん、ミッシェル・トロワグロさんといったフランス料理の巨匠たちが、扱ってくれるようになったのです。

とくに嬉しかったのは、ロブションさんからの提案でした。コラボして、パリ8区に「Dassaï Joël Robuchon(ダッサイ・ジョエル・ロブション)」を開店することができました。

こうして海外での認知を高めたことで、2022年度には、獺祭の売り上げのなんと43%が海外市場になりました。でも輸出を増やすだけでは、当面は簡単に結果が出ますが、5年先、10年先の発展は見込めないでしょう。世界で生き残るためには、現地で生産をしないといけません。

だからこそ、今回ニューヨークに建てた酒蔵が、日本酒の美味しさを世界に発信する拠点になることを強く願っています。