「手間」を大事にする日本流をアメリカ人に伝えていく

今回、日本からは蔵人として、獺祭の初期からの歴史を知る3人のベテランが渡米しています。蔵長、元蔵長、瓶詰めなどの工程のスペシャリストと、この3人がそろえば間違いなく美味しい酒が造れるというメンバーです。現地採用の6人と一緒になって手探りで酒造りのスタートです。

日本とはまったく異なるバックボーンのスタッフに、作業の本質を理解してもらいながら進めています。当面は、右手を上げて左手を上げて、足を下ろして、というように逐一作業マニュアルを教えることになりますが、それがいつまでも続いているようではいけません。

酒造りには「手間」が大切です。実際、日本の獺祭も非常に手間をかけて造っています。

まず、欧米の人たちに日本酒とは何かというところから理解してもらわなければいけません。日本文化をアメリカに持ち込んで、植え付けて行かないといけないのだろうと思います。

私たちが日本でかけてきた手間、繊細なまでの技術がいかに大切であるかを、彼らに理解してもらわないといけない。美味しい日本酒を造るためにはこの作業がどうして必要なのか、それをきちんと理解してもらわないと、おそらく彼らはいずれ離れていくことでしょう。

幸いなことに今のところ心配したほどのことはなく、彼らアメリカ人のスタッフの吸収力も早くて安心しています。まだまだたくさんの壁が待っていると思いますが、1つずつ突破していく覚悟です。

日本の酒蔵での製麹の様子。こうした「手間」を大事にする日本の精神をアメリカに届けていく
写真提供=旭酒造
日本の酒蔵での製麹の様子。こうした「手間」を大事にする日本の精神をアメリカに届けていく

失敗の責任を取る覚悟

私は今回1年ほど現地に滞在する予定ですが、酒造りの3人の精鋭がいるのなら、72歳の私がアメリカにいる必要はないじゃないか――そう思う人もいるようです。

私がアメリカにいる理由は、失敗したときの責任を取るためです。

アメリカ生産については、コロナ禍の影響や現地の環境規制への対応などがあって、当初予定より4年ほどずれ込みましたし、費用も当初予定の30億円の計画が80億円にまで膨らんでしまいました。となると、派遣された3人は、「決して失敗をしてはいけない」と思うことでしょう。

失敗しないのは、簡単なのです。挑戦しなければいい。高い水準を狙えば狙うほど失敗する確率は高くなります。逆に挑戦しなければ、失敗の確率は格段に下がります。でもそれではアメリカに進出した意味がない。