「倍返し」なんてバカがやることだ

3人目の課長は、ハード屋さんだった。僕の上司になる前の彼の口癖は、「ソフト屋が、なんぼのもんじゃい」。こともあろうに、ソフト屋が大嫌いなハード屋さんが、ソフト屋である僕の上司になったのだ。

ソフトのことをよく知らない門外漢の彼に、新しいソフトの開発などできるわけがない。職場は沈滞し、研究はまったく前に進まなかった。

「気に食わねぇ」

このときばかりは楽しく過ごすというモットーを忘れて、僕は苛立ちを募らせた。そして、入社研修でお世話になったある部長に相談をした。

「あの課長の下では、自分が停滞している気がして我慢ができません」

すると部長は、こう言ったのだ。

「そんなにいいときばかりではない。人間はじっとしているときにこそ、学ぶもんだ」

この言葉を聞いて、僕はもがくのを一切やめた。そして、学生時代にやっていた人工知能の研究などを再開して、本当に「いい時間」を過ごすことができたのである。

巷では「倍返し」などという言葉が流行っているそうだが、安定した大企業に入れてもらい、給与までもらって、そのうえ、上司に仕返しをするなんて、僕にはまったく理解できないことだ。倍返しをする相手は、シェアを奪っていったコンペティターではないのか。ビジネスパートナーである自社の上司に仕返しするなんて、少し変ではないかと僕は思う。

だが……。人間には、どうしようもなく生理的嫌悪感を覚えてしまう相手がいるのも事実だ。

そんな人と仕事をしなければならないとき、僕は、彼が食事をしている姿を眺めることにしている。すると、彼も必死で生きているひとりの人間なのだとしみじみ思えてきて、たいていの人を許すことができてしまうのだ。

コミュニカ代表取締役 山元賢治(やまもと・けんじ)
1959年生まれ。神戸大学卒業後、日本IBMに入社。日本オラクルなどを経て、2004年にスティーブ・ジョブズに指名され、アップル・ジャパンの社長に就任。著書に『選ばれ続けるリーダーの条件』など。
(山田清機=構成 的野弘路=撮影)
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